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082.お兄ちゃん、交易都市に赴く

「うわぁ……なんて素敵」


 ルイーザが思わず感嘆の声を上げたのは、遥か弧を描くように架かった石造りの橋梁だ。

 150メートル以上ある川幅に一直線に架かったその橋の上では、数々の露店が立ち並び、大賑わいしている。

 ジ・オルレーンが誇る"橋上バザール"の威容に、初めてそれを見たルーナ、ルイーザ、ミアは口をあんぐりと開けていた。

 今、僕らは屋敷からジ・オルレーンに向かう船の上にいる。

 王都からジ・オルレーンまでを繋ぐ、オルレーン川。

 水運の要として機能しているこの大河では、日々、大量の船が行きかっている。

 我がファンネル公爵家も、そういった移動に利用できる自前の船を持っており、今回はせっかくなので、ということで船で港湾都市まで行こうということになったというわけだ。

 徐々に近づいてくる大橋の威容を見上げながら、ルイーザが独り言ちる。


「は、話には聞いた事がありましたが、こんなに凄いなんて……」

「あんなにたくさん人が乗って、橋が落ちちゃったりしないんでしょうか……」

「それは大丈夫ですわ」


 僕は訳知り顔で説明する。


「あの橋を支えてる石は、碧の国の特産である"碧石"と呼ばれるものです。驚くほど硬い石で、加工するのも大変なんですが、その分頑丈さは折り紙付きですわ」

「なるほど、あれも碧の国の技術力の高さを表しているというわけですわね」

「ええ」


 といっても、技術以上に、これだけのものを作り上げるには年月とマンパワーが必要なんだけどね。

 20年以上の月日をかけ、祖父の世代でようやく完成したこの橋は、今ではジ・オルレーンの玄関としても機能している。

 橋をくぐれば、一気に港湾部の中心へと入る。

 王都でもそうそうは見られない、立派な建物が水際に並んでいる様子を見て、またも、ルーナ達が感嘆の声を漏らした。


「こ、こう何度も驚かされていては、心臓が持ちませんわ……」


 貴族とはいえ、辺境伯の娘であるルイーザは、ジ・オルレーンに来るのは初めてらしい。

 完全にお上りさん状態の彼女は、興奮のあまりか心臓の辺りを押さえていた。

 まあ、その気持ちもわかるよ。

 前世ですら、ここまで統一感のある立派な都市の風景は、お目にかかったことがない。

 ウィスタリアが見栄えを重視する国とはいえ、このジ・オルレーンはその中でも特別絢爛な見た目をしている。

 それには、他国へと国力を示すという目的も含んでいる。

 カラフィーナ大陸の玄関口であるジ・オルレーンだ。

 外国の人が初見で見ることになるのはこの街であり、それが彼らにとって、この大陸全体の基準となる。

 だからこそ、王都と同じレベルで、この港湾都市は大量の血税を投入して、整備されているというわけだった。

 もっとも、ガワだけが立派というわけではなく、それに見合うだけの貿易黒字も出しているわけだが。

 貴族の船舶用の桟橋へと船をつけた僕らは、いよいよジ・オルレーンの街中へと足を踏み入れる。


「さて、私はこれから視察がある。その後は、町長やバザールの元締めとの会合も控えている。帰りは夜遅くなるが、その分、君達が街を見て回る時間も増えるだろう」

「ええ、では定刻まで、私とフィンで立派に皆様をエスコートしてみせますわ」

「ああ、可愛いセレーネ。そして、フィン。頼んだよ」


 こうして、父と別れた僕らは、いよいよジ・オルレーンの町へと繰り出した。

 交易都市であるこの街は、ウィスタリアで最も人口が多く、住民、商人、観光客など、様々な立場の人が混然としている。

 あまりの人の多さに、ルーナなんかはクルクルと目を回していた。


「よ、酔いそうです……」

「人酔いですわね。とりあえず、良い時間ですし、まずは落ち着いて昼食でも」


 そう言って案内したのは、海辺に建つ一軒のレストランだ。

 貴族御用達というわけではなく、一般の人も利用する普通のレストラン。

 実は、ここは僕の母方の祖父が経営する店の一つであり、幼い頃から何度も父と一緒に食事をしにきた場所だった。

 顔パスで見通しの良い2階席へと案内された僕らの前には、すぐに料理が運ばれてくる。

 海に面しているだけあって、魚介づくしだ。

 舌鼓を打つと、これまた、ルーナとルイーザが驚愕の顔を浮かべた。


「美味しい……これが、貴族用に特別に用意したものではなく、平民も食べることができる料理なんて……」

「私の実家も漁村に近いので、お魚はよく食べますが、こんなおしゃれで美味しい料理を食べたのは初めてです」


 頬っぺたが落ちそう、といった表情で、もぐもぐとエビを咀嚼するルーナ。

 リーズナブルに海の幸を楽しめるのが、このレストランが人気の理由だった。

 もっとも、そこには父の力も大きく関与している。

 為政者として、公務に携わる父の方針は、平民の生活の質の向上だ。

 絶対数の少ない貴族を優遇するよりも、大多数の平民のレベルを上げることで、国力を増強する。

 そのため、税制の改革や生活魔法の普及など、平民のための施策を多く実施している。

 月に一度は、今日のように視察に出ているのも、市井の様子を直接見ることで、今何が一番必要なのかを見極める、という目的のためだった。

 そんな平民優遇の父のため、政敵はそれなりに多いが、あまりに能力が高すぎるために、面と向かって他の貴族に牙を向かれることも稀である。

 もちろん国民にも愛されており、街の視察に出れば、たちまち囲まれてしまうほどの超人気者でもあった。

 今もきっと、どこかで人々に囲まれつつも、街での生活の様子を聞いていることだろう。


「ふぅ、もうお腹いっぱいですわ……」


 食の細いミアが、ポンポンとくちくなったお腹を叩く。

 さて、おいしいものも堪能したし、次は。


「バザールに行くとしましょう」

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