078.お兄ちゃん、実家へ帰る
さて、いよいよ夏休みがやって来た。
屋敷から派遣されてきた馬車に乗り込んだのは、5人。
僕ことセレーネ・ファンネルと弟であるフィン・ファンネル。
従者兼護衛であるアニエス。
そして、客人としてファンネル公爵家へと招くことになったルーナとルイーザだ。
ついでに言えば、件のモグラも一緒に乗っているので、正確に言えば、5人と1匹となる。
以前、僕が浄化したこのモグラは、それ以降悪さをすることもなく、ほとんど竹筒の中で寝てばかりの生活をしている。
実際のモグラは、どちらかというと常に餌を探すアクティブな生き物だった気もするが、僕の白の魔力の影響か、こいつ半ば精霊の領域に足を突っ込んでいるらしく、食事すらほとんど摂らずとも元気だ。
意外と愛らしい見た目からか、ルーナは結構気に入っており、よく構ってくれている。
かく言う僕も、生き物を飼う以上は責任を持たねばと、ブラッシングをしてあげたりと、それなりのことはやっているつもりだ。
今回の帰省にあたり、さすがに寮に一匹置いていくわけにもいかず、連れて来ることになったというわけだった。
そんなわけで、さっそくルーナの膝でウトウトとしだしたモグラ(実はまだ名前さえつけてない)。
そんな様子をほのぼのと見つめながら、馬車はリズムよく進んで行く。
「今回はお招きに預かり、本当に光栄ですわ。セレーネ様、フィン様」
改めて丁寧に礼をするルイーザ。
公爵家に招かれるということは、彼女にとってはこの上なく嬉しいことだったらしく、慇懃な態度とは裏腹に喜びが顔ににじみ出ていた。
「私も気心の知れた"友達"を実家に招くことができて嬉しいですわ」
「と、友達!?」
ルイーザの顔が、さらにパァと輝いた。
「お、恐れ多いですが!! セレーネ様からの"友達"認定。謹んでお受けいたします!! たとえ、この身が朽ち果てようとも、セレーネ様の友達であり続けますので!!」
いや、どんだけ重いんだよ。"友達"の称号は。
しかし、そんな天にも昇るかのようなテンションがふと一瞬低くなる。
「どうかしましたか?」
「あ、いえ……。どうせなら、フィー様もご一緒できたらと思っていましたので」
どうやら、ルイーザは夏休み中のフィーの同行について気を揉んでいたらしい。
帰省にあたり、ルイーザが最も気にしていたのは、実はフィーについての事だった。
体調面に不安がある……という設定の彼女の事を慮ってか、きちんと夏休み中も過ごせるのかどうかを常に気にしてくれていたのだ。
一応、フィーからは実家で療養するということを聞いている、とルイーザには伝えているが、単純に友達として、一緒にいたい気持ちもあったのかもしれない。
「フィーさんもご実家でゆっくりされるということでしたし、きっと夏休みが明ければ、また元気にお会いできますわ。ねえ、フィン」
「え、あ、うん。そうだね、姉様……」
当の本人に話を振ってやると、若干冷や汗をかきながらも、フィンはそんなふうに答えた。
あわよくば、このままフィーの存在をフェードアウトさせようかと考えていたであろうフィンだったが、ルイーザがこれだけ心を割いているのだから、これからも良き女友達として振舞ってもらわないとね。
さて、そんな風な会話をしているうちに、馬車はアルビオンとウィスタリアの国境付近まで辿り着いた。
今まで伝える機会がなかったが、アルビオンという国は特殊な立地をしている。
紅の国カーネルと碧の国ウィスタリアの間に位置するというのは間違いないのだが、かつての戦時中にも2つの大国に支配されなかった背景には、アルビオンがとても侵攻しづらい場所に建国されたのが関係していた。
どんな場所かというと、巨大なテーブルマウンテンだ。
そそり立つような天然の壁に守られたアルビオンという国は、規模こそ他の2つの国と比べてれば小さいが、そう言った立地面での優位性のおかげで戦火の時代を生き抜き、今日では、2つの国の架橋として機能しているというわけだ。
そして、現在では、そのテーブルマウンテンを昇降する手段として、巨大な魔導式エレベーターが用いられている。
アルビオンは魔道具に関しても、他の2国よりも卓越した技術を有しており、公の運営する大規模な魔道具というのが割合たくさんあるのだ。
エレベーターへと乗り込んだ馬車は、ゆっくりと碧の国の大地へと降りてゆく。
遥か地平線の先まで見渡せるその光景は、前世では見たことがないほどの、まさに絶景だ。
「やっぱり白の国の技術は凄いですわね」
「そんな国の女王になるかもしれない人が、2人も乗っている方が、僕としては驚きだけど」
「確かにそうですわね……」
冷静に考えると、僕もルーナはこんな凄い国の女王になるかもしれないんだよなぁ。
改めて、その荷の重さを感じさせられる。
「私はセレーネ様が聖女であると信じていますわ!」
「あ、あはは……。頑張るわ、ルイーザ」
第1試験で負けてからも、ルイーザはずっとこんな感じだ。
だからといって、ルーナを嫌悪したりはしてないみたいなので、その点に関しては良かったけれど。
そうこうしている間に、馬車が台地から、その下の地面へと下ろされた。
碧の国への入国手続きを済ませた馬車は、また軽快に走り出す。
屋敷まではあと2日も走れば着くだろう。
学園とファンネル領は、それほど近いというわけではないが、碧の国でも一番と言ってよいほど発展している領だけあって、かなり街道が整備されている。
道中は、快適な旅になるだろう。
さて、第1試験の疲れを癒す意味でも、少しはゆっくりできると良いんだけど。
嬉々として話し続けるルイーザといつの間にかモグラと一緒に寝てしまったルーナの姿を眺めながら、なんとなく、慌ただしい夏休みになるのではないか。
そんな気がする僕だった。
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