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077.お兄ちゃん、帰省の予定を立てる

「セレーネ様は、夏休みはご実家に帰られますの?」


 登校の道すがら、僕から問うまでもなく、そう聞いてきたのはルイーザだった。

 夏休みを5日後に控えた朝の事だった。

 この10日ほどは、僕もルーナも聖女試験に向けての特訓で忙しくしていたので、ルイーザとしてはようやく切り出せた、といったところなのだろう。


「はい、弟と一緒に帰るつもりですわ。そう言うルイーザさんは?」

「私は帰省はしないつもりです。入学が遅れた上に、実家までは結構な距離がありますので」


 この世界の移動手段は、もっぱら馬車だ。

 碧の国の中でも、一番の辺境にあるルイーザの領までは、少なく見積もっても2週間近くかかってしまう。

 行き帰りだけでひと月を費やすことになり、確かに現実的ではない。


「夏休み中は、学園で過ごすつもりです。水田も見ておかなければいけませんし」


 そうそう、モグラ騒動の後に整備した水田では、ルイーザの甲斐甲斐しい手入れもあって、かなり順調に稲が育っている。

 植えた時期が遅かったので、上手く育つか不安もあったのだが、今では徐々に分けつも進んでいる。

 このまま何事もなければ、秋には大きく実っていることだろう。


「ルーナちゃんは、どうしますの?」

「私ですか? 私も帰省はしないつもりです。旅費を工面するのも楽ではなさそうなので」


 なるほど、ルーナは経済的な理由か。

 確かに、僕のように自前で馬車を用意できる高位の貴族ならいざ知らず、平民が馬車を借りるには相当にお金がかかる。

 乗り合いの馬車なんかももちろんあるが、想像するだけで、前世の夜行バスなんかよりもずっとしんどい思いをするのは間違いない。

 この世界において、長距離の移動は身分の高い者の特権的なところもあるのだ。


「セレーネ様とひと月も離れ離れになってしまうなんて……。今から寂しい気持ちでいっぱいですわ」


 およよと涙を拭う仕草をするルイーザ。

 隣では、何も言わずとも、ルーナも同じように悲し気な顔を浮かべていた。

 そんなルーナとの関係性は、聖女試験で実際に剣を交えてからも相変わらずだ。

 僕に勝ったことで、ルーナは少しだけ自信をつけた様子もあったが、それだけ。

 今までのように僕の事を慕ってくれているのは変わりない。

 あまりにこれまでと変わらな過ぎて、僕の方が拍子抜けしてしまうくらいだ。

 もっとも周りの人間のルーナを見る視線には明らかに変化があったようで、一部の人達の間では、なんとルーナファンクラブなるものが発足されたらしい。

 それほど"力"の試験でのルーナの活躍は、多くの人の印象に残ったというところだろう。

 特に武を重んじる紅の国の貴族生徒達はルーナの見せた剣の実力に一定の評価を示してくれている。

 もちろん、まだまだ平民であるルーナを認めていない人間もいるが、表立って苦言を呈するのにもリスクがあるような雰囲気ができていると言ってよい。

 ちなみに、普段の会話の流れで、あの暁の騎士(ナイト)についても聞いてみたのだが、あっけらかんとこんな風に答えてくれた。


「ねえ、ルーナちゃん、あの暁の騎士様って、何者なのかしら? 私、気になってしまって」

騎士(ナイト)様ですか!? 騎士様は、私に剣を教えてくれたのです!」


 それは知ってる。


「その、なぜ仮面をつけてるのかなぁ……とか」

「わかりません!!」


 いや、言い切った。


「ひと月ほど前に突然現れて、いきなり剣の修行をさせられるようになったんです。最初は意味がわからなかったんですけど、聖女試験で剣術をすると知ってからは、色々と納得できた感じです!」

「それであんなに強かったわけですわね。その……ルーナちゃんにとって、その騎士様というのは、どんな方ですの?」

「色々手助けしてくれる良い人です!!」


 良い人……か。


「試験の後は、一度も会えていないんです。私も普段何をしていらっしゃるとか、素顔はどんなだとかは知らなくて。でも、またきっとお会いできると信じています!」


 といった具合で、結局、ルーナ自身もあの騎士についてわかっているのはこの程度だった。

 しかし、ルーナに対するあの熱の入れ込みよう。

 おそらく、第2試験が始まれば、あの騎士はまた現れるのだろう。

 彼が手を貸したルーナは鬼に金棒。本当に僕も気合を入れなければ……。


 と、長く回想してしまったが、目の前では、ルイーザとルーナが未だ寂しそうな顔を浮かべていた。

 ひと月もの間、彼女達と離れ離れになってしまうのは僕としても、寂しい気持ちはある。

 それに、学園に残るといっても、夏休み中の学生たちには、いつものように世話を焼いてくれる大人の人もいなくなる。

 そんな中で、本当に彼女達がリフレッシュできるのかも疑問があった。

 だから、僕は提案した。


「あの、どうせならお二人とも、夏休みの間、私の家にいらっしゃいませんか?」

『えっ……!?』


 思ってみなかったのだろう。

 2人は一瞬ぽかんとした表情を浮かべる。

 そして、次の瞬間、ルイーザが物凄い勢いで首をブンブン横に振った。


「えっ、あっ、その!? それは、御冗談ではなくて……」

「ええ、さすがに夏休みずっと学園にいるというのも、あまり身体を休められないのかと思って」

「で、でも、さすがに公爵家にご厄介になるわけには……」

「セレーネ様! 私、是非行きたいです!!」

「平民!?」


 天真爛漫に快諾するルーナに、ルイーザがギョッとした。

 さすがに貴族的な感覚では、公爵家に長い時間滞在するのは憚られたようだが、ルーナの雰囲気に乗じてか、ルイーザも挙手した。


「セレーネ様……その、恐れ多いのですが、私もご一緒させていただいて……」

「もちろんですわ」


 そう笑顔で答えると、ルイーザの顔がパァと輝いた。


「あ、ありがとうございます!! う、うわぁ……公爵家にお呼ばれするなんて……」

「セレーネ様のお家!! 楽しみです!!」


 それぞれ思っても見なかった夏の過ごし方に、ウキウキとした様子。

 そんな二人の様子を眺めながら、僕は視線を空へと移す。

 青々と茂る木々の隙間からは、にわかに強さを増してきた陽光が降り注いでいる。

 さあ、間もなく、夏がやって来る。

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