073.お兄ちゃん、仮面紳士と再会する
「セ、セレーネ様……」
「痛みは治まりましたか。ルーナちゃん?」
「はい、もう大丈夫です」
手を貸し、立ち上がらせるとルーナは普段通りの笑顔を見せてくれた。
白の魔法による傷の手当は上手くいったらしい。
よし、これなら、3本目も正々堂々──
「ほら、やっぱり、セレーネ様が聖女ですわ!!」
「えっ……?」
客席に響いた誰とも知れぬ女子生徒の声。
その声を皮切りに、会場中から同様の声が上がる。
「あれが……白の魔法」
「社交界での噂は本当だったんですわね……!」
「なんだよ。あんなに自在に白の魔法を使えるなら、もうセレーネ様が聖女で間違いないじゃないか」
「ルーナって娘にはできないんでしょう? できたら、自分で使ってるでしょうし」
「そもそも剣術勝負で、聖女を決めようっていうのがよくわからないし、もうセレーネ様が聖女でいい気が……」
しまった。
また、あの社交界での時と、同じミスを犯してしまった。
何も考えず、罪悪感のままに使ってしまった白の魔法。
そのせいで、またもや、セレーネ・ファンネルこそが聖女であるというアピールをしてしまった。
「み、皆さん、これは……!!」
波のように伝播していく客席に向けて、何かを言おうとはしてみるものの、何を言っていいのかがわからない。
観客を落ち着かせるにはどう言うべきなのか。
逡巡していると、ルーナの腕がだらりと垂れ下がった。
「ルーナちゃん?」
「は、はは……」
俯きながら、ルーナはぽつりと呟く。
「そうですよね。やっぱりこんな勝負無意味です。私には白の魔法を使うことはできない。みんなが言ってることは、間違ってません」
「ルーナちゃん、それは……」
観客達が上げ続ける声に、さすがのルーナも感化されてしまったようだ。
僕の安直な行動が、ルーナの心を折ってしまった。
その事実に、僕の胸には彼女を直接傷つけてしまった時以上の罪悪感が広がっていた。
僕の立場で下手な事を言えば、もっと彼女を追い詰めることになる。
せめて、僕以外に誰か一人でも、彼女に前向きな声をかけてくれる誰かがいれば……。
ないものねだりだと自覚しつつ、それでも、なんとか言葉を絞り出そうとした、その時だった。
「何をしている。ルーナ!!」
「えっ……?」
会場に響いた凛とした声。
誰もが、その声に周囲を見回した。
「あ、あそこだ!!」
やがて、一人の男子生徒が指差した先に人々の視線が集中する。
そこにはいたのは、純白の制服姿の男子だった。
左腰には豪奢の意匠のついた剣を携え、肩からは紅のマントを羽織っている。
そして、もっとも特徴的なのは、目元だけを覆う銀色の仮面。
「あ、あの人は……」
「暁の……騎士様」
「暁の騎士?」
暁の騎士と呼ばれたその人物は、10日前のあの日、人目につかない場所でルーナに剣術を教えていたあの仮面紳士だ。
演舞場の建物の屋根の上に仁王立ちする彼は、太陽を背にしつつ、まるで炎のようにマントを靡かせている。
「ルーナ、人々の声に惑わされるな!! 君には聖女になる資格がある!!」
「で、でも、騎士様!! 私には、セレーネ様のようには……」
「君の気持ちもわかる。セレーネ・ファンネル様はこの世の者とは思えんほどに美しく、才気煥発で、聖母のように優しい才女だ。その上、君よりも白の魔法を使いこなしている」
なんだか、えらく僕の事を持ち上げて来るな、この人……。
「だが、君だって、この短期間でここまで剣の実力を上げた。私は正直驚いている。君は天才だ。きっと、白の魔法だって、じきに使えるようになるだろう」
「でも、やっぱり……」
「忘れたのか!! ルーナ、君の目的を!!」
「あっ……」
発破をかけるように言い放ったその言葉に、ルーナの身体がびくりと震えた。
「君が何のために聖女になりたいのか。それを今一度思い出せ!!」
その言葉を聞いて、ルーナがなぜが僕の顔をじっと眺めた。
そして、グッと胸の前で拳を握る。
「ありがとうございます。騎士様」
「ああ、それでいい」
最後に口元に笑みを浮かべた暁の騎士は、マントを翻すと、颯爽と建物の向こう側へと飛び去っていった。
静まり返る会場。
その中で、ルーナは再び剣を構えた。
「セレーネ様。お待たせしました」
気迫の籠った顔つきで、僕を見つめるルーナ。
そこには、先ほどまでの後ろ向きな雰囲気など、微塵も感じられない。
「もう大丈夫です」
「そう」
その言葉に、僕は頷くと、ルカード様へと視線を向ける。
彼もまた頷くと、手を振り上げた。
「それでは、三本目を始めます。お二人とも、準備はよろしいですね?」
ルカード様を挟み、僕とルーナはお互いに木剣の切っ先を相手へと向ける。
「では……」
さあ、泣いても笑っても、この勝負で勝敗が決まる。
「始め!!」
ルカード様の声とともに、僕とルーナはお互いに大上段から木剣を振り下ろした。
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