072.お兄ちゃん、剣を振るう
(…………来ませんわね)
ルカード様が試験開始の合図を告げてから、おおよそ10秒。
訓練の様子を見た時の印象から、一気呵成にこちらに攻め入って来るかと思いきや、ルーナは木剣を構えたまま動かない。
こちらの出方を探っているのか?
何にせよ、攻めてこないならば、こちらから攻め入るまでだ。
「はぁ!!」
気合と共に、僕はコンパクトな動きで、前へと進み出る。
踏み込んで打ち込むのは、上段からの真っ向切りだ。
牽制のつもりで放ったそれをルーナも真っ向で受ける。
剣と剣での鍔迫り合い……体格差で僕が押し勝てるかとも思ったが、小柄なルーナも力では負けていない。
短期間の訓練で、単純な身体能力までかなり向上させてしまったらしい。
本当にヒロイン補正は恐ろしいな……。
だが、マイルドな修練とはいえ、僕には長年の研鑽がある。
「わわっ!?」
わざと力を緩め、相手に押し込ませつつ、自身の身体を逸らす。
たたらを踏んだルーナの背中に向けて、僕は渾身の回転斬りを放った。
会心の動きに勝利を確信した僕だったが、その一撃をルーナは背中越しに木剣で受け止めてみせた。
「嘘っ!?」
「はぁっ!!」
そのまま振り向きざまに袈裟斬りを放ってくるルーナ。
なんとかそれを受け止めた僕だったが、額にはすでに冷や汗が浮かんでいた。
体力だけじゃない。技術もすでに相当なものだ。
「やりますわね。ルーナちゃん」
「セレーネ様には負けられないので……!!」
気合十分と言った様子のルーナと、2,3度打ち合っては離れるを繰り返す。
体力も技量も僕らにはほとんど差がない。
だとすれば、勝負を決するのは、度胸と判断力だ。
「はっ!!」
ここと決めたタイミングで、ルーナの剣を受け流す。
しかし……。
「そろそろ仕掛けてくると思っていました!」
その行動をルーナは読んでいた。
僕の木剣を弾くように打つルーナ。
受け流そうと思って下段に構えていたその剣は、武舞台の石畳へと逆に打ち付けられる。
完全な死に体。
「とりゃ!!」
強引に剣を振り上げるも間に合わず、ルーナの剣は、僕の肩を軽く打っていた。
「そこまでです!!」
ルカード様の声が耳朶を打ち、僕は膝をついた。
「はぁはぁ……」
やられた。
ルーナの普段の印象をぬぐい切れず、実直な攻撃ばかりとたかをくくったのが失敗だった。
わずかに痛む左肩を右手で抑えつつ、僕はゆっくりと立ち上がる。
自分の攻撃で怪我をさせてしまったのではないかと、一瞬心配そうな顔を向けたルーナに、僕は大丈夫だと、打たれた肩を回してみせた。
「おいおい、あの平民、セレーネ様から一本取っちまったぞ」
「セレーネ様も凄いですけど、あのルーナって娘の動き、確かに凄いかも……」
「何を言ってますの!? あんな平民がセレーネ様を木剣で打つなんて……!!」
僕が先取された事で、会場がさらにざわつき出す。
多くの者は、僕が簡単に勝つと予想していたのだろう。
あてが外れたことで、その矛先の多くはルーナに向かってしまっているようだ。
その声に、ルカード様もわずかに眉を潜める。
そんなルカード様に、僕は、早く進めようという意思を込めて、視線を送った。
頷いたルカード様。僕ら二人は、再び武舞台の中央で相対する。
「では……始め!」
観客が落ち着く間もなく、二本目が開始された。
後がなくなった僕は、ここで一本取られてしまえば、この"力"の試験に敗北してしまう。
だから慎重にならざるを得ない……とルーナは考えていたことだろう。
僕はあえて、開始とともに、一気にルーナへと肉薄した。
「えっ!?」
「はぁあああっ!!」
そのまま一気呵成に剣を振るう。
いきなりの猛攻に、ルーナは防戦一方だ。
この10日間の特訓を思い返す。
実践的な試合形式の特訓を繰り返す中で、アニエスの途切れることのない不断の攻撃には、いつも戦々恐々としていたものだ。
今度は、僕がそれをする。
休む間もなく、全力で木剣を振り下ろし続ける。
元々、タッパは僕の方が上だ。
自身よりも高い打点から振り下ろされ続ける剣の嵐に、さすがのルーナも徐々に石畳の端へと追い詰められていく。
これではいけないと思ったルーナは、その時勝負に出ようと、一瞬足に力を込めた。
ここだ!!
「せいっ!!!」
彼女が力を込めたタイミングで、僕は振り下ろすのではなく、木剣を突き出した。
2年前から何度も練習してきた突きの攻撃。
レオンハルトに簡単にいなされてしまってからは、より素早く打てるように、動きを改良してきた。
矢のように放たれたそれは、ルーナが攻勢に出ようとしたタイミングで、カウンターのようにその脇腹へと突き刺さった。
「そこまで!!」
僕の一本。
だが、勝利の余韻に浸るよりも先に、僕はルーナの元へと駆け寄っていた。
突きが、綺麗に入りすぎた。
脇腹を押さえて蹲るルーナは苦しそうに顔を歪めている。
「大丈夫、ルーナちゃん!!」
「だ、大丈夫です……うっ!?」
笑顔を作ろうとしたルーナだったが、作り切れず、苦し気な声を漏らす。
このままでは、次の三本目をすることもままならないだろう。
それに、試合でのこととはいえ、自分の剣でルーナを傷つけてしまったことに、罪悪感が僕の胸に広がっていた。
「ラー♪」
ほとんど意識さえすることもせず、ルーナの怪我を癒そうと、僕は反射的に白の魔法を発動させていた。
それが、どんな結果になるかも考えずに……。
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