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071.お兄ちゃん、勝負服を着る

「す、凄い人ですわね……」


 目の前に広がる光景に、僕は思わずそう声を漏らす。

 試験会場として指定された学園内の演舞場。

 その周辺には、多くの学生たちが詰めかけていた。

 皆、聖女候補である僕とルーナの試験を見に来たのだろう。


「多くの人に試験を見てもらうことも、現聖女様が望まれたことだそうです」

「へぇ……」


 巷の噂をキャッチしたのか、そのアニエスの言葉にも生返事を返す程度しかできない。

 それくらい僕は人の多さに圧倒されていた。

 女子生徒の姿が多く目につくが、男子生徒もかなりの人数が客席から武舞台の方を眺めている。

 こんな数の男子生徒の姿を見たのは、入学パーティー以来だ。

 聖女の試験というと、もっと厳かなものを想像していたのだが、思っていたよりもずっと俗っぽいなぁ。

 もっとも、ここがゲームの世界ということを鑑みれば、多少のエンターテインメント性があるのも道理か。


「姉様、緊張していますか?」

「そうですね。していないとは言いませんが、気負ってもいないと思いますわ」


 実際、観客の多さに度肝を抜かれた以外は、僕の精神はいたって平静だ。

 昨日、アニエスと共にゆっくりと沐浴したのが良かったのかもしれない。

 自身に白の魔法を使ったおかげで、訓練の傷もすっかり癒えている。

 睡眠も十分で、気力は充実しているといって良いだろう。


「フィンこそ、疲れてはいない?」

「全然ですよ。むしろ姉様にその衣装を着ていただけて、今最高に嬉しいので」


 フィンは、この"力"の試験の事を知ったその時から、僕のために試験用の勝負服を作ってくれた。

 激しい剣術試合でも破れたり、ほつれたりしないように、頑丈な布地で作られている上、デザイン性もあり、どこか歌劇のヒロインのような華やかさがある。

 色味も僕の髪色に揃えてくれたのだろう。


「それに、私だけではなく、ルーナの分まで作ってくれて!」


 そう。実はフィンは、僕の分だけでなく、ルーナの勝負服まで作ってくれていた。

 平民であるルーナは、制服以外の服などほとんど持っておらず、入学パーティーでもドレスを着て来なかったほどだ。

 そんな彼女の事情を考えて、フィンは僕の衣装と並行して、ルーナ用の勝負服も拵えてくれたのだ。


「べ、別に、あの娘のためじゃありませんよ。姉様が戦う事になる相手が、みすぼらしい格好で武舞台に上がるのは許せなかったもので」


 典型的なツンデレ反応にニマニマしつつ、少し頬を赤らめてそっぽを向くフィンを眺める。

 こんな風に言ってるが、やはりフィンも、心からルーナが嫌いなわけじゃないのだろう。

 フィーとして、ルーナと接する機会が増える中で、彼もルーナの人柄についてはもう十分に知っている。

 僕を聖女にしたい、という立場上、あまり表立って仲良くはできないだけなのだ。


「ありがとう、フィン」


 にっこりと微笑みかけると、フィンは一瞬ドキリとした顔をした後、いつもの"まったく……"と言ったような表情を浮かべた。


「勝ってね。姉様」

「ええ」


 その言葉に頷き返す。

 同様に、アニエスにも視線で"行ってきます"を告げると、僕はゆっくりと演舞場へと歩き出した。

 周囲からも見える位置に姿を現した途端、驚くほどの歓声が演舞場を包み込む。


「セレーネ様よ!! なんて凛々しい御姿!!」

「セレーネ・ファンネル……美しい!!」

「うおぉおおお、セレーネ様ぁ!!! ファイトですわぁ!!!」


 フィンの勝負服効果か、ただ歩いているだけで、なんだかえらくみんな僕の事を評価してくれている。

 ひときわ身を乗り出して応援の声を上げるルイーザに、笑顔で軽く手を振ると、なぜだかルイーザ本人とその周囲にいた一部の生徒達がフラフラと倒れた。

 だ、大丈夫だろうか……?

 そうこうしている間に、何やら向こう側でも、生徒達がざわざわとし出した。

 どうやら、僕の対戦相手──ルーナも、フィンの勝負服を身に纏い、演舞場に姿を現したようだ。

 "歓声"といった印象のこちらの声に比べて、あちらの声は、どちらかというと"戸惑い"の色が強い。


「あれが、あの平民か? あんなに可愛かったっけ……?」

「ちょ、ちょっとかっこいいかも」 


 武舞台へと上がって来るルーナへの反応はおおよそこんな感じだ。

 どうやらフィンの勝負服効果は、思った以上に高いらしい。

 確かに僕から見ても、赤を基調としたルーナの勝負服は、普段の可愛らしい印象とはギャップがあって、格好良く見える。

 ルーナをやっかむ一部の女子生徒からの罵声なんかがないかと懸念していたが、この雰囲気なら、どうやら大丈夫そうだ。

 本当にフィン様々である。あとで、心を込めてカ〇トリーマアムを作ってあげよう。

 ゆっくりと武舞台へと上がった僕とルーナは、その中央で対峙する。


「ルーナちゃん」

「セレーネ様」


 僕とルーナは、名前だけを呼び合うと、強い意志を込めて視線を交わした。

 その姿を眺めたルカード様が、満足そうに笑顔を向ける。


「今一度試験の内容を反芻します。木剣を使った三本勝負。二本先取した方が、この第1試験の勝者となります。準備はよろしいですね?」


 お互いにルカード様に向かって、力強く頷く。


「宜しい。では、カラフィーナ大陸に安寧を齎す新たな聖女を選ぶ第1の試験。"力"の試験を執り行います。未届け人は当方、アルビオン教会司祭ルカード。双方構え」


 試験用に教会が用意した、儀礼用の細かな細工が施された木剣を僕らは構える。


「始め!!」


 ルカード様の合図と共に、僕とルーナの力比べは、いよいよ開始されたのだった。

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