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068.お兄ちゃん、気合を入れる

「はぁはぁはぁ……」


 勢いのままに寮までの長い道のりを全速力で駆け抜けた僕は、膝に手をついて息を整える。

 なんだか突拍子もない出来事が起こりすぎて、全然頭が整理できていない。

 それもこれも、全てあの謎の仮面男のせいだ。

 まさに"謎"という枕詞がふさわしい存在。

 彼は誰なのか、何の目的でルーナに剣を教えているのか、そして、そもそもなぜ試験の内容について知っている様子だったのか。

 考えれば考えるほど、わからないことが頭の中でグルグルと回り出して、気が滅入ってくる。

 とにかく、一つ確実な事は……。


「今のルーナに勝つのは、相当厳しい……かも」


 先ほど見せたルーナの剣術の腕。

 いくら何でも短期間で上がりすぎている気がする。

 これが主人公補正というやつだろうか。

 そう言えば優愛の奴も、ヒロインは最初は凡庸だが、何でもすぐ上達してライバルを超えてしまうような天才型の人間だと言っていた。

 短期間のうちに恐ろしく腕前が上達しているのは、あの仮面の男の指導も大きいだろうが、ルーナ自身のヒロインとしての才能によるところも大きいのだろう。

 あの熱の入った稽古……きっと、試合までにまだまだルーナは実力を上げてくる。

 だとすれば、僕もこのままでいるわけにはいかない。


「色々考えるのは後だ。とにかく、やるべきことをやらないと」


 ようやく整った息を、最後に深呼吸するように大きく吐くと、僕は左右の頬を両手でパンっと張って気合を入れた。


「第1試験を逃せば、他に明確に勝ち筋の見えている勝負はない。ここをなんとしても勝つためには──」




「と、おっしゃられましても……」


 困惑するアニエスに向かって、僕は切実に頭を下げて懇願する。


「頼みます、アニエス! 必要な事なのです!!」

「しかし、セレーネお嬢様に対して、そこまで厳しい特訓を課すのは……」


 そう、僕がアニエスにお願いしているのは、よりハイレベルなトレーニングをして欲しいということだった。

 具体的に言えば、アニエス自身が修行時代にやっていたような訓練。

 それくらいのレベルのものでなければ、試験までの短期間にルーナを圧倒することは難しいと僕は考えていた。


「試験の内容は伺いましたが、本当にそこまでの特訓が必要なのでしょうか……」


 少し前の僕と同様、アニエスも2か月前のルーナしか知らない。

 ともすれば、過剰とも言える修練に思えるのかもしれないが、今の実力を目の当たりにした僕から言わせてもらえば、むしろそれでも勝てるかどうかというところだ。


「今までのような負担の少ない修練ではダメなのです。それでは勝てない」

「ふむ、あのメスブ……ルーナがそれだけ腕を上げたということなのでしょうが、にわかには信じがたいですね」


 未だ懐疑的な様子のアニエスだったが、僕の必死な表情を見てか、ふぅ、と浅く息を吐いた。


「とはいえ、聡明なお嬢様のおっしゃることです。ならば、私も全力で"(オーガ)"になってみせましょう」

「アニエス!! ありがとう!!」

「ただし、特訓の際は主従関係は一切無し、ということで構いませんね?」

「もちろんです!!」

「……わかりました」 


 そう呟いた途端、アニエスの雰囲気が普段の少し淡々とした印象から一変する。

 目元は一層鋭くなり、全身から覇気のようなものが放たれているのが感じられた。

 背筋がぞくりとするような視線を僕へと向けたアニエスは、携えていた木剣の先端を僕へと向けた。


「さっさと構えろ。ひたすら実戦で揉んでやる。覚悟はいいな」


 人が変わったかのように、淡々と告げるアニエスに内心ビビりつつも、僕は必死に頷いたのだった。




「セレーネ様ぁ!! おはようございます!! ……って、どうされたのですか!!?」


 ガクガクとする足腰を街灯の柱によりかかってなんとか支える僕を見て、ルイーザが大声を出した。


「ダイジョブデスワ、ルイーザサン。マッタクモッテ、ダイジョウブ」

「あ、明らかにいつもとご様子が……。あっ、平民も」


 同じく足元ガクガクのルーナがこちらへとやってきた。


「セレーネサマ、オハヨウゴザイマス」

「ルーナチャン、オハヨウ」


 おそらくルーナも早朝からあの騎士に稽古をつけてもらっていたのだろう。

 僕と同じく、ガクガクと足を震わせながら、フラフラとやってきた彼女に、僕もなんとか笑顔を向けた。


「え、え、なんですの。もしかして、何かトレンドですの……?」

「イツモドオリダヨ。ルイーザチャン」

「ソウデスワ。ルイーザサン」


 ヘロヘロすぎて片言の僕らは、揃ってルイーザに笑顔を向ける。

 そんな僕らを、ルイーザは額に冷や汗をかきながら見つめていた。


「わ、私も揃えた方が良いのかしら……。えっと……デ、デハ、イツモドオリ、トウコウイタストシマショウ」


 こうして、謎の片言集団と化した僕らは、周囲から若干奇異の視線を受けつつも、学校への道を歩いていったのだった。

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