063.お兄ちゃん、魔物を浄化する
「な、なんですの!?」
思わず竹筒を手放すルイーザ。
地面に落ちた竹筒は、不気味な色の光を放ちながら、わずかばかり震えている。
これはいったい……。
「どうやら、懸念ではなかったようですね……」
「エ、エリアス様!?」
いつの間にか、フィーと共に僕らの元へとやって来ていたエリアスは、竹筒の様子を見ながら、その怜悧な目をいっそう細めた。
「いったいこれは何なんですの……?」
「あのモグラですが……どうやら魔物化していたようです」
「魔物化?」
「ええ」
警戒も露わなシャムシールを宥めつつ、エリアスは言う。
「セレーネ様は2年前、僕らに襲い掛かったあのカラスのような魔物を覚えていますか?」
「も、もちろんです!!」
あれは恐ろしい記憶だった。
僕の人生においても、一番と言っても良いほどのピンチ。
エリアスと僕がいる王宮の部屋へと突然カラスのような魔物が入って来たあの事件は、未だに鮮明に思い出せる。
ドクドクと腹部から血を流し続けるシャムシールを見た時は、頭から血の気が引いたものだ。
「あの事件の後、実はカラフィーナ大陸の各所で同様の事案がいくつか発生しています。曰く、動物の魔物化。突然様子が変わり、魔物になってしまう動物たちが、近年増えているのです」
「そ、そんなことが……」
「民衆の不安をいたずらに煽るべきではない、ということで、この事実はまだ公表はされていません。碧の騎士団では、特別に対策部隊が作られ、迅速に対応できる体勢が内々で作られています」
むぅ、まさかそんなことが常態化していたとは驚いた。
「つまりこのモグラも……」
「ええ、十中八九、魔物化してしまったのでしょう」
エリアスがが少し悲し気に目を伏せた。
「動物が魔物化してしまう原因は、未だつかめていません。こうなってしまった以上、このまま放置して餓死させることも不可能。直接手を下す以外道はありません」
「そ、そんな……」
魔物化したと聞いても、ルーナのモグラに対する気持ちは変わらないらしく、ひどく悲しそうに目を潤ませている。
「どうせやることは一緒ですわ!! 魔物になってしまっている以上、危険度は一層高まったと言えます!! 早々に退治を!!」
「で、でも、どうやって止めを刺すんですか?」
「そ、それは、誰かが魔法で……」
この中で、魔物を確実に始末できそうな魔法の遣い手はフィンくらいだろうが、無抵抗の魔物を一方的に嬲る役割を彼に任せるのは気が引ける。
それにやはり、魔物化してしまったとはいえ、生き物の命を刈り取ることには僕にも抵抗があった。
「……よし」
「セ、セレーネ様……?」
ゆっくりと竹筒まで近づいた僕は、不気味に光を放つそれを手に取る。
「な、何を!?」
「浄化してみます」
「えっ!?」
聖女の役割は、この大陸中に加護を与え、邪を祓うこと。
2年前の僕では、カラスの魔物の力を弱めることすらできなかった。
でも、あれから白の魔力を操る訓練を僕はずっと続けてきた。
今の僕ならば、あるいは……。
「ララー♪」
僕は歌を紡ぐ。
白の魔力を制御するために、僕が考え出した歌に魔力を乗せるという手段。
僕の身体から発せられた白き光は、竹筒そのものを包み込むようにして束ねられていく。
深く、ゆっくり、丁寧に。
ルカード様のように繊細に魔力を練り上げた僕の手の中から、やがて竹筒はゆっくりと宙へと浮かんでいく。
やがて、歌を最後まで歌い終えた時、竹筒を包んでいた怪しい光は、きれいさっぱり無くなっていた。
「ふぅ、上手くいったでしょうか……」
再び構えた手のひらの上へと落ちてきた竹筒をルイーザ達の方まで運ぶ僕。
そんな僕を、みんな驚いた表情で見つめていた。
「え、えっと……」
「セ、セレーネ様。じょ、浄化してしまったんですの……?」
「ええ、おそらく上手くいっているとは思うのですが」
「凄いです!! セレーネ様ぁ!!」
「やっぱり姉様は……」
エリアスも竹筒の様子を見るとにっこり微笑んだ。
「シャムシールももう警戒していません。間違いなく成功しています。セレーネ様」
「良かった。では、出してあげるとしましょうか」
僕は竹筒の内蓋を押し開け、固定した。
すると一瞬後。
「あら」
ひょっこりと竹筒の口から頭を出したのは、ほんの小さなモグラだった。
魔物の特徴である鋭利な目元や牙、爪などの特徴はなく、本当に普通のモグラだ。
体毛に隠れがちなつぶらな瞳とひょこりと突き出した鼻先が、思いのほか愛らしい。
そんなモグラは頭だけを竹筒から出しつつ、周囲をぴょこぴょこと見回していた。
「か、可愛い……!!」
ルーナがキラキラした瞳でモグラを見ている。
意外なほどの大人しさに、他の面々も続々と間近へとやってきた。
「全然暴れたりしませんね!」
「姉さ……セレーネ様の浄化の力で、凶暴性もなくなってしまったんでしょうか」
「だとしたら、今後畑を荒らすこともないんじゃ?」
「いや、あれは暴れてるだけではなく、餌を探しているわけですから、どうでしょう」
そんな人間達から見つめられたモグラは、なんだか恥ずかしそうにお尻を突き出すと、竹筒の奥へと戻っていった。
どこかコミカルなその姿に、自然と笑みがこぼれる。
気づくと、僕らみんながルイーザの方を見つめていた。
「えっと、ルイーザさん……」
「みなまで言わないで下さいまし、セレーネ様」
ルイーザは嘆息しつつも、どこか柔らかく微笑んだ。
「せっかくセレーネ様が御力を使って下さったんですもの。それを駆除しろなんて、私も言いませんわ」
「ありがとう、ルイーザさん!!」
喜びのあまり、ルイーザの手を取ると、彼女はなぜだか顔を真っ赤に染めた。
「責任を持って私が管理します。だから、ルイーザさん、安心して下さいまし」
「そうですね。一度魔物化した動物が元に戻ったのはおそらく初めてでしょう。このモグラには、サンプルとしての価値もあります。仮に再び魔物化しても、セレーネ様の傍にいれば、すぐに浄化できますしね」
そんなこんなで、件の畑荒らし騒動は無事解決へと至ったのだった。
ちなみにその後、荒らされた畑は、僕の提案で水田へと生まれ変わったのだが、それはまた別のお話ということで。
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