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062.お兄ちゃん、犯人を捕まえる

「ふむ、これは、なるほど……」


 畑の惨状を見たエリアス王子が、確かめるように、その凸凹になった畝を観察している。


「確かに、犯人はモグラのようですね。しかし……」

「どうかされました?」

「いえ……」


 一瞬怪訝な表情を見せたエリアスだったが、すぐに僕らの方へと向き直る。


「おそらく僕の思い過ごしでしょう。それよりも、モグラを捕まえる手立てでしたね」

「はい、何か良い知恵はないでしょうか?」

「そうですね。いくつか方法は考えつきますが、やはり最も効果的なのは罠をしかけることでしょうか」


 エリアスは傍らに佇むシャムシールの背を撫でながら語る。


「モグラの生活範囲は、おそらく皆さんが想像しているよりもずっと広い。土の中を移動するため匂いも薄く、犬ほどに鼻の利くシャムシールでも、モグラの巣穴まで辿るのは難しいでしょう」

「むぅ、本当にめんどくさい相手ですわね……」


 ルイーゼが苦々しげに顔を歪める。


「また、地面に穴を掘ると言っても、その用途は主に二つあります。一つは本道、これは巣への行き来のために使う道です。そして、もう一つが、探餌道、こちらは餌を探すために掘った道ですね」

「全部同じというわけではありませんのね」

「ええ、何度も通る本道と比較して、その時その時に餌を探す目的で掘られた探餌道は、一度しか使われないことが多いです」

「つまり、罠を仕掛けるならば、本道に仕掛けるべき、というわけですわね」

「その通り。さすがセレーネ様。相変わらずご聡明です」


 微笑みながらパチパチと拍手をするエリアス。

 いや、ここまで説明されたのだから、そんなに褒められるようなことでもないのだけど。


「これだけ荒らされているのですから、きっとモグラにとって良質な餌がこの辺りには多いのだと思います。モグラは必ずまたこの畑にもやってきます。罠を仕掛けるためにも、まずは、モグラの本道を見極めることから始めるとしましょう」

「エ、エリアス様。恐縮ですが、いきなり捕らえるというわけには参りませんの?」


 ルイーザの言葉に、エリアスは首を横に振る。


「一度失敗すれば、相手を狡猾にさせるだけです。急いては事を仕損じる、という言葉もあります。日数は少しかかるかもしれませんが、着実な方法をおすすめします」

「そうですわね。ルイーザさん。確実に捉えるためにも、ここはエリアス様を信じてやってみましょう」


 僕の言葉に、ルイーザを含むメンバーたちは、うんと小さく頷いたのだった。




 さて、モグラを捕まえるためにまずは本道を見極めることにした僕達だったが、実際にそれを確信できたのは数日してからの事だった。

 僕達はエリアスに教えられたとおりに準備を整えた。

 畝に開いていた全ての穴に河原から持って来た砂粒を詰め、さらにその上に板を置いた。

 そして3日後、その板を外してみると、1か所だけ再び穴が開いている場所があったのだ。

 複数回使われた穴、それはつまりエリアスの言うところの本道ということであり、再び使われる可能性が高い。

 一応、もう一度同じ事をして確認した後、僕らが罠の設置に踏み出したのは、最初に畑が荒らされてから1週間が経った頃だった。


「さて、エリアス様に教えていただいた通りに設置してみましたけど、上手くいくでしょうか」

「きっと大丈夫ですわ。実際エリアス様の言う通りにして、本道も見つけられたことですし」


 僕らが本道の出入り口から少し穴に入ったところに設置したのは、竹筒だ。

 ルイーザが故郷から持ってきていた竹製の水筒を改造して罠を作った。

 具体的には、片方の端だけをくりぬき、それを内蓋として開閉できるようにした。

 つまるところ入る時は内側に開くので入れるが、出る時は外側には開かないので出られないといったような単純な仕組みだ。

 そして、筒の中には、餌となるミミズを入れておいた。

 エリアス曰く、竹のような自然物でできた罠ならば、モグラの警戒心も解けるだろうとのことだったが、はたして上手くいくか。

 翌日は雨が降ったため、中を確認したのはさらにもう1日経った頃だった。

 ルイーザが土の中から竹筒を取り出してみると、明らかに重さが違ったようで、その顔がニタリとした。


「何かが動いているのが感じられますわ!!」

「どうやら上手くいったようですわね」


 さすがエリアスだ。

 モグラの生態をよく理解した罠の設置を指南してもらったことで、こうもあっさり捕まえることができるとは。


「あとは、このまましばらく放置しておくだけですわね」


 嬉々とした表情で、そう言うルイーザ。

 モグラというのはたいへんな大食漢で、1日も放置していれば餓死してしまう。

 だから、罠の中に閉じ込めてしばらく放置していればそれだけで駆除することができるというのが、エリアスから聞いた対処法だった。


「でも……」


 わずかに揺れる竹筒を身ながら、なんだか不安げな視線を向けるのはルーナだ。


「少しかわいそうな気がします。餓死させるなんて」

「慈悲を見せては、また同じことの繰り返しですわよ」


 農民と一緒に農作業を行うこともあるルイーザにとって、害獣を確実に処理できるか否かというのは、死活問題という認識が強いのだろう。

 かわいそうだからという理由で逃がしてしまえば、再び農作物は荒らされ、多くの領民が迷惑を被る。

 決してルイーザが非情だというわけではなく、農業に従事する者だからこその考え方だと言えた。


「わかってます。わかってるんですけど……」


 それでもやはり心を痛めた様子のルーナ。

 ルイーザには悪いが、僕個人としても気持ちは同じだ。

 稲をぐちゃぐちゃにした憎き相手ではあるが、それだって、生き物にしてみれば生きるための営みの一つに過ぎない。

 だとすれば……。


「あの、ルイーザさん──」


 声をかけたその時だった。


「えっ!?」


 ルイーザの持った竹筒の罠、それがうっすらと紫焔の光を放った。

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