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060.お兄ちゃん、畑に感動する

「うわぁ……」


 僕は今、学園に来て一番と言っても良い程の感動に打ち震えていた。

 目の前に広がるは、ほんの家庭菜園ほどの大きさの畑だ。

 畝が作られたそこには、まだ小さな苗がそれでもしっかりと根を張っていた。


「セレーネ様にも、是非見ていただきたいと思いまして!」


 僕の隣で、そう言って微笑むルイーザ。

 そう、ここは彼女が学園に来てから作り始めたという学内の畑だった。

 ちょうど彼女が住まう南寄りの寮の裏側あたりに作られたそこには、緑色に艶めく植物が植えられている。

 聞いたところによると、昨年まで花壇として花が育てられていたそうだが、管理をしていた女子生徒が卒業したことで、その場所を譲り受けたルイーザが畑にしてしまったのだそうだ。

 植えられているのは、もちろん稲。彼女の故郷で育てているという、僕が前世で食べていたのによく似た米だ。

 稲というと、田んぼで作られるイメージが強いかもしれないが、この世界ではどうやら水田というものはあまり一般的ではないらしく、稲も畑で育てるのだそうだ。

 いわゆる陸稲ってやつだな。

 何にせよ、しっかりと苗が育ってきていることをルイーザは僕に見せたかったらしく、畑まで呼び出されたというわけだった。


「素晴らしいですわ!! まさか、学内で稲作をしようだなんて」

「故郷とは環境が違うので、上手くいくとは限りませんが」


 そう言いつつも、立派に屹立する苗達を見守るルイーザの顔には、自信が見て取れる。

 彼女、貴族だてらに領地でも普通に農作業に勤しんでいるらしく、そんな人間がこんな表情を見せるのだから、それなりに期待はできそうである。


「収穫できるまで、まだ数か月はかかりますが、セレーネ様に新米を食べていただけるように頑張りますわ!!」

「ありがとう!! ルイーザさん!!」


 ああ、僕はなんて素敵な友達を持ったのだろうか。


「でも、ルイーザさん。ただ、ご相伴にあずかるだけでは忍びないですわ。私にも何か手伝えることはないのでしょうか?」


 家庭菜園レベルの広さとはいえ、畝を作ったり、肥料を撒いたり、かなり色々してくれているはずだ。

 毎日の水やりも含め、今後の作業にも人手が必要な場面もあるだろう。


「セレーネ様のお手を煩わせるわけには……」

「いえ、それでは、私の気が収まりません」


 断固としてそう言うと、ルイーザは恐縮しつつも、こくりと首を縦に振った。


「わかりました。では、鳥よけのネットを張りたいので、今度のお休みにお手をお借りしてもよろしいですか?」

「もちろんですわ! そんなことでしたら、いくらでも!!」


 こうして、僕とルイーザは、週末に一緒に農作業に勤しむことになったのだった。




 そして、週末。

 ルーナと女装したフィン──フィーを連れた僕は、寮の前で、ルイーザと合流した。


「ルイーザさん。お待たせいたしましたわ!」

「セレーネ様! ご足労頂いて幸甚ですわ!! あら、平民も来ましたの?」

「うん、私もお手伝いさせて!! おにぎり食べたい!!」

「まあ、いいですわ。あら? フィーさんもいらっしゃったのですね!!」


 ルーナの後ろに隠れるようにしていたフィーに気づいたルイーザは、嬉々としてその手を取った。


「え、ええ。セレーネ様に誘われまして……」

「そうですか!! あなたにも来ていただけるなんて嬉しいですわ。お身体は大丈夫なのですか?」

「ま、まあ……」

「あまり無理はなさらないで下さいね。日陰で休んでいて下さっても、構いませんので」

「お、お気遣いなく」


 ルイーザの純粋な心配に、フィーは今日もまたたじたじだ。

 性別を偽っている手前、彼女の優しさが痛いのだろうなぁ。


「さあ、では、さっそく作業を開始しましょう! 畑はこちらですわ!!」


 そんなわけで、ルイーザに連れられ、僕達は寮の裏手側へと向かう。

 わずかに川のせせらぎが聞こえてくる。

 この辺りは水源も近く、どことなくマイナスイオンが飛んでいそうな、そんな雰囲気がある。


「おにぎり♪ おにぎり♪ おにぎっり~♪」

「ルーナさん。その調子っぱずれな歌、気が抜けるのでやめてくださいませ」

「ええ~!!」


 そんなやり取りをしつつ、畑へとたどり着いた僕達だったのだが……。


「な、な、なんですの、これは!!!!?」


 目の前に広がる光景を見て、僕らは絶句した。

 つい先日までは、確かに苗が生えていた畑。

 そこは今、ぐちゃぐちゃに荒らされていた。

 整然と整えられていた畝には、ボコボコと穴が開いている。

 当然、植えられていた苗も倒され、見るも無残な状態だ。


「あ、ああ……」


 あんなにも、立派に育っていた苗のそんな姿を見て、僕の膝からも力が抜けていく。

 こんなこと、自然に起こるはずがない。

 いったい誰がこんなことを……。

 その時だった。

 絶句する僕の視界の端に、何か茶色いモノが動いた。

 慌ててそちらに視線を向ける。


「……モグラ?」


 そこにあったのは、いそいそと地面へと潜っていく、茶色い獣の姿だった。

今回のエピソードが終わったら、いよいよ聖女試験に入ります。


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