054.お兄ちゃん、料理をする
さて、やってきたのは、クッキーづくりでも利用した調理場だ。
一通りの道具が揃ったここで、僕にはやってみたいことがあった。
「何をされるのですか、セレーネ様?」
「まあ、見ていて下さいまし」
僕は腕まくりをすると、ルイーザから受け取ったおにぎりをフライパンで焼き始める。
そう、僕が作ろうと試みているのは、焼きおにぎりだ。
あまりに単純すぎて、料理とも言えないような一品だが、米をそのまま焼くという発想がこの世界にはあまりないらしく、ルイーザはポカーンとした表情でそれを見つめていた。
しかし、焦げ目がつき、見た目にもおいしそうになってくると、その表情が明るくなってくる。
「さ、さすが、セレーネ様ですわ!! ただ、焼いただけなのに、なんておいしそうに……」
「まだまだ、これだけじゃないですわよ。ルーナちゃん。さっきのソースをお借りできるかしら?」
「え、あ、はい」
ルーナに魚醤を受け取ると、僕はそれを皿の上に出すと、さらに刷毛につけた。
「セ、セレーネ様、何を……って、あ!?」
ルイーザの疑問には答えず、僕はおにぎりに刷毛で魚醤を塗りたくった。
ルーナもルイーザも驚いた表情を浮かべつつ、愕然としている。
裏返し、裏面にも魚醤を塗って、しっかりと焼いていくと、たちまち香ばしい匂いが調理場内に漂ってきた。
その匂いに、言葉も発せずに、僕の調理を見守っていた2人の鼻が、ひくりとした。
3つのおにぎり、それぞれに魚醤を塗り、しっかりと焼いた僕はそれを1つ1つお皿へと移した。
「さあ、ちょうど3人分ですわね」
「セ、セレーネ様……」
ルイーザは、何とも言えない表情で、こちらを見ている。
「ふふっ、まあ、騙されたと思って食べてみて下さいませ」
「…………」
ルイーザとルーナは顔を見合わせると、珍しくお互いに頷き合い、おにぎりを手に取った。
そして、同時に頬張る。
「…………あっ」
「お、おいしい!!」
ぱぁと顔を明るくしたルーナは、焼きおにぎりを猛然と頬張り出した。
ルイーザもそれは同様で、半ば愕然としたような顔を浮かべながらも、パクパクと食べる手が止まることはない。
さて、じゃあ、僕も一口……うぉおおおおおおおお、懐かしい味ぃ!!!
これは、2人が我を忘れて食べちゃうのもわかるわ。
ひとしきり黙々と咀嚼する私達3人。
しかし、たった一つのおにぎりだ。
すぐに食べ終わった僕達は、からっぽになった手の平を眺めた後、お互いに顔を合わせた。
「どうでした。2人とも?」
にっこりと笑顔を浮かべながら、そう問い掛けると、ルーナが元気よく手を挙げた。
「とっても、おいしかったです!! セレーネ様!!」
「ルイーザさんはどうかしら?」
「えっと、その……おいし……かったです。とても」
モジモジとしながらも、ルイーザは素直にそう答えた。
「ふふっ、ルイーザさんからもらったお米、そして、ルーナちゃんから貰ったソース。それぞれでももちろん美味しいけれど、こうやって合わさると、何倍も美味しくなったでしょう?」
「はい!!」
「……認めたくはないですけれど、確かにそうでしたわ」
「だから」
ヨッと立ち上がりながら、私は右手と左手の人差し指を立てた。
そして、それをゆっくりとくっつける。
「きっとお二人も仲良くすれば、もっと素敵な毎日になりますわ。私が保証します」
「はい、セレーネ様、わかりました!!」
「……まあ、その、セレーネ様がそうおっしゃるのであれば」
典型的なツンデレっぽい表情を浮かべるルイーザに満足しつつ、僕は、ふぅ、と息を吐いた。
元々、ルーナの方にはルイーザに嫌悪感があったわけではないし、ルイーザがこう言ってくれているなら、まあ、今後は多少は仲良くできるだろう。
「でも、セレーネ様、もう少し……」
と、お腹を押さえながらそう言うルーナ。
確かに、たった一個だけじゃ、満足はできないよな。
「す、少し時間をいただければ、炊きますけど。お米はたくさん持ってきていますので」
「わぁ、ほんと!! ルイーザさん!!」
ルイーザの言葉に、キラキラした視線を向けるルーナ。
そんな姿に毒気を抜かれたのか、ルイーザは嘆息しつつも、仕方ないですわね、と柔らかく笑った。
「寮から持ってきますわ。セレーネ様、お時間をいただいても?」
「もちろんですわ。私も、もう少し堪能したいですし」
「でしたら、すぐに──」
「あ、セレーネ様」
その時、ルーナが、突然僕の方へと身を寄せた。
そして、あろうことか、顔をグッと近づけると、僕の顎の辺りにパクリと食いつく。
「ははっ、ご飯粒が付いてましたよ! セレーネ様!」
「あ、ありがとう……ルーナ」
指で取ってくれれば良いのに……。
美少女にいきなり顔を寄せられるのは、ちょいと心臓に悪い。
「な、な、な……!!!!」
と、そんな僕らの様子を見ていたルイーザの顔が真っ赤に染まる。
「セレーネ様に、なんてうらやま……破廉恥な事を!! やはり、この平民とは仲良くできません!!」
「ええー!! ルイーザさん、お米は!?」
「あなたにはあげません!! セレーネ様だけです!!」
「そんなぁ!!」
「は、はは……」
どうやら、2人の距離が近づくには、もう少しだけ時間がかかりそうだ。
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