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053.お兄ちゃん、仲を取り持つ

 はてさて、入学式から半月ほどを経て、ようやく学園に合流したルイーザ。

 しかし、彼女はルーナの事をどうしても認められないようだった。

 何かにつけて、ルーナの発言の揚げ足を取ろうとしたり、彼女が話そうとしている時に、わざとかぶせてきたり。

 敵対意識の強さは、他の令嬢達よりも強いようで、その反発具合はどんどんエスカレートしていくようだった。

 一応、僕も本格的なケンカにならないようにフォローは入れているが、なかなか改善の様子は見られない。

 そんな2人の唯一の共通点と言えば……。


「ねえ、お二人とも、その……もう少し離れて歩きませんこと?」 


 2人とも、必要以上に僕に構ってくるところだ。

 今もこうやって、両サイドを挟まれながら、半ば腕を組むような形で廊下を歩いている。

 見ようによっては両手に花。僕が純粋な男の子だったら、喜んだかもしれない。

 でも、今は、決して心落ち着けない。

 言うなれば、「私の方がこの子と仲良しなんだからね!!」状態。

 なんというか、女の子同士の関係、って感じだなぁ。 


「えー、いいじゃないですか。セレーネ様」

「こ、この娘が悪さをしないように見張るには、こうやって歩くのが一番なのですわ」


 はいはい、そうだねぇ。

 というか、一応は貴族の娘であるルイーザが、同じ身分の人々からすれば、はしたなく見えるレベルのスキンシップを平然とし出したあたり、どれだけルーナの事を意識しているのかわかるというものだ。

 しかし、いくらなんでも、こんな状態が続けば僕の方が参ってしまう。

 何か、2人が仲良くできるきっかけが作れればいいんだけど……。


「あ、今日はちょっと空いてますね!」


 そんなことを考えながら歩いていると、いつしか食堂へとたどり着いていた。

 今はお昼。昼食を摂ろうとやってきたわけなのだが、今日は学園も半ドンなこともあって、生徒の数はまばらだ。

 いつも使っている席に着くと、ルーナとルイーザも当たり前のように僕の両隣の席に腰を下ろした。


「セレーネ様! 今日は、何を食べましょう!」

「そうねぇ」


 ビュッフェ形式のこの食堂では、自分で食べたいものは選んで食べることができる。

 とはいえ、さすがに毎日食べていると、メニューにも飽きが出て来るもので、半ドンの今日は学外に食事を摂りに行っている人も多いのだろう。

 僕も正直、ここのメニューには早くも飽きが来始めていた。


「ふっふっふ、セレーネ様。今日は、こちらをご用意したのですわ!」

「えっ……おうふ」


 まさか、と思いルイーザの方を見た僕は、思わず至福の声を漏らした。

 そこにあったのは、笹の葉のようなものにくるまれた真っ白な銀シャリ……そう、おにぎりである。


「実家から来る時に、収穫したばかりの新米も持って来たのです! セレーネ様、お好きでしたよね?」

「え、ええ……!」


 僕は思わずごくりと唾を飲み込んだ。

 米。前世では当たり前に食べていたもちもちのうるち米。

 この世界では、ルイーザの領地でしか作られていない貴重な食材だ。

 実家にいた時は、ルイーザが定期的に送ってきてくれていたのだが、最近はとんとご無沙汰だった。

 もはやパブロフの犬のように、見ただけで口内に唾液があふれ出しそうだ。


「それ、お米ですか? なんだかふわふわで、ピカピカですね」


 ルーナが珍しそうに真っ白な米を見ている。

 この世界のスタンダードな米は、もっと粒がシャープで、精米もしてない茶色のものがほとんどだからなぁ。

 珍しく思うのも無理はない。


「私の領地の伝統料理"おにぎり"ですわ。セレーネ様は、これがお好きなのです」

「へぇ……」

「私はこのようにセレーネ様のお好みのものを用意して差し上げれますの。平民のあなたにはまあ、無理でしょうけど」


 その言葉に、珍しくルーナが少しムッとした顔を見せた。


「わ、私にだって、セレーネ様にお譲りできるものくらいあります」

「へぇ、どこにありますの?」

「え、えっと……」


 ポケットの中に手をつっこむルーナ。

 ごそごそをまさぐっていると、途中でパッと顔が輝いた。

 

「ありました!! これです!!」

「これは……」


 それは、何か黒い液体の入った小瓶だった。

 見た目からすると、何かの調味料だろうか。


「なんですの。その得体の知れないものは……」

「うちの実家で作っている、特製のソースです!!」


 ふむ、確かにソースと言われれば、そう見える。


「ちゃんと売り物にもしているものなので、味には自信があります!」

「そう言えば、ルーナちゃんの実家は商店でしたわね」

「はい! セレーネ様、是非、味見してみてください!!」


 そう言いながら、小さな皿を取ってきたルーナは、その上に少しだけソースを垂らした。

 ふむ、見た目は、ウスターソースのような感じだな。

 とろみはあまりなく、液体状。匂いは……。


「これは……魚?」

「そうです! お魚から作ったソースなんです!」


 ほうほう、なるほど。

 ということは、もしかして。

 僕は、少しだけそのソースをスプーンですくった。


「セ、セレーネ様、そんな得体の知れないもの……」

「何事も挑戦ですわ」


 言いながら、口へと運ぶ。

 舌に触れた瞬間、その懐かしい味に身体が思わずびくりと震えた。

 これは、そう、醤油だ。

 魚から作った醤油、いわゆる魚醤というやつ。

 普段食べていた大豆を原料にした醤油と比べると、癖が強く、塩気も強いが、まごうことなき醤油。

 久しぶりのその味に、僕は恍惚とした笑顔を浮かべていた。


「おいしいですわ。ルーナ」

「でしょ!! セレーネ様!!」

「そんな……」


 愕然とした表情のルイーザ。


「セ、セレーネ様!! そんな液体よりも、おにぎりの方が絶対美味しいですよ!!」

「えー、特製ソースもおいしいですよ!! ビュッフェのパスタなんかにかけてもいけるんです!!」

「いえ、絶対おにぎりの方が!!」

「特製ソース!!」

「まあまあ、お二人とも」


 僕はゆっくりと席から立ち上がる。


「セレーネ様?」

「ちょうど良いですわ。せっかくだから、お二人にお譲りしていただいたもの、合わせてみましょう」

「合わせる?」


 疑問符を浮かべる2人に、私はにっこりと微笑んだ。

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