044.お兄ちゃん、砂漠の王子と出会わせる
ルーナとエリアスとの出会いイベントに失敗しました。
心の傷を負っていないエリアスは、鳥への餌やりよりも、シャムシールにお熱らしい。
となれば、ここにやってくる可能性はあまりないだろう。
完全に、僕の過去の行いがフラグを折ってしまった。
これで、入学パーティーでのレオンハルトとの出会いイベントに続き、2度目の失敗。
次こそは、さすがになんとかしたいところだ。
「面白かったですね! セレーネ様!!」
「ええ。そうだ、次は、学園の外壁に登ってみないかしら? そこからだときっと良い景色が見えるわ」
「うわぁ!! 素敵ですね!! 是非、行きましょう!!」
よし、上手く誘導できたぞ。
次こそは、成功させる。
ターゲットは、砂漠の王子アミールだ。
また、妹情報になるが、アミールは学園一のプレイボーイであり、毎日、放課後には女の子のお尻を追いかけているらしい。
しかし、そんな彼にも、実はひそかに趣味にしていることがあり、それが笛だった。
あの時、浜辺の岩場で聴かせてもらったあの笛だ。
女遊びに飽きた時、彼は、学園の外塀の上で、あの曲を奏でるのだそうだ。
そして、そんな時に、たまたま道に迷ったルーナにその音色を聞かれることで、親交がスタートする、というのがゲームのストーリーだった。
「確か、南でしたわね」
「なんだか、セレーネ様。もう学校にも随分詳しいみたいですね」
「え、ええ」
まさか前日に立地に関しては予習済みだとは言えない。
とにもかくにも、恙なく、妹が指定していた外塀の辺りまで辿り着いた。
この学園は、敷地全体を数メートルほどの高さの外壁で覆われており、かなり頑強な作りになっている。
というのも、今から200年ほど前の、魔王戦役の際の名残らしく、ここはその頃の駐屯地だったらしいのだ。
今では、すっかり平和な学園といった様子のこの場所にも、かつては戦いの歴史があったわけだ。
そんなわけで、当時作られた防衛用の外壁は、改修を繰り返しながら、現在でも学園と外を隔てる役割をしっかりと担っている。
立派な石造りの壁を見上げながら、どこからか笛の音がしないか耳を澄ます。
「どうかされました?」
「し、静かに……」
ルーナを静止させ、耳に神経を集中する。
しかし、笛の音は聞こえてこない。
今日は来ていないのだろうか。
「あっ、なんだか音楽が聞こえますね!」
ルーナがぴょんと飛び上がりつつ、そんなことを言った。
指し示した方向に耳を向けると、確かに、わずかだか音楽が聞こえる。
「行ってみましょうか?」
「はい!」
ルーナと共に音楽のする方へと近づいていく。
しかし、近づいていく毎に違和感を感じた。
アミールの笛の音は、今でもしっかりと耳に残っている。
けれど、今、聞こえているのは、笛の音じゃない。
なんだか、いくつもの楽器が鳴り響いているような……。
「どうかしました?」
「い、いえ……」
明らかにアミールではない気がする。
とりあえずは確認してみようと僕とルーナは、外壁へと上がる階段を上り始めた。
初めて上がった外壁は、なかなかの高さだった。
さすがに元々防衛用なだけあって、堅牢そうな作りだ。
見渡せば、学園はもちろんの事、外側には広大に広がるアルビオンの白い街並みも見られる。
そんな外壁上の、フラットなスペースに、十人以上の生徒達がいた。
全員が全員、様々な楽器を持ち、奏でている。
どうやら楽器の練習をしているようだ。
その中には、彼らの指揮をしているらしいアミールの姿もあった。
「ちょっとは揃ってきたな。だが、まだまだだ」
「うへぇ、厳しいですよ。アミール様ぁ」
「俺が思い描くのは、最高の舞台。俺の最高の歌姫を輝かせるためのな」
「あ、あの……アミール?」
恐る恐る近づいていくと、気づいたアミールが、なぜか満面の笑みを浮かべた。
「奇跡だ。まさか、歌姫様本人からやってきてくれるとは」
「あ、この方が、アミール様の……」
なんだか、好奇の視線を送って来る楽器隊のメンバーたち。
「え、えっと、この方々は……?」
「俺が作った学内劇団の楽器隊のメンバーだ。といっても、まだ、とても人に聴かせられるレベルじゃないけどな」
「俺が作ったって……」
どうやら、彼は入学からのたった1週間で、学内劇団とやらのメンバーをこれだけ集めたらしい。
あ、あれ……なんか妹の話と違うぞ。
確か、アミールが学園に来たのは本意ではなかったはずだ。
父の言いつけで嫌々ながら学園にやってきた彼は、当初、何にも身が入らず、女の子のお尻ばかり追いかけていたのだが、ルーナとの出会いをきっかけに学内劇団を結成し、最終的にルーナを勧誘するという流れだったはず。
つまり今のアミールは本来ならば、まだ無気力状態なはずなのだが……なんなんだ、このやる気は。
「来月中には、演劇の方のメンバーも集める。初公演にはもう少し時間はかかるだろうが、今は、じっくりと鍛えているところだ」
「そ、そうなんですね」
あまりにも初動の速すぎるアミールに驚きを禁じ得ない。
「で、でも、その主演の女優さんは……」
「お前に頼むつもりだ」
「えっ……」
アミールが、僕の顎に手を当てた。
「俺は、お前の声に惚れ込んでる。時期が来たら、お前を迎え入れたい。俺はお前を歌姫にしたいんだ」
「え、え、え、えーと……」
どういうことだ。
アミールが歌姫にしたかったのはルーナのはず。
なのに、なんで、こんなことに……。
これも、調子に乗って、初めて会った時に歌ってしまったせいなのか!?
「おっと、今日はまだ、勧誘しないぜ。こっちの受け入れ態勢もまだ整っていないからな。でも、そう遠くないうちに、お前を迎え入れる準備を整えていく」
「あ、えっと、その……それだとルーナは……」
「じゃあ、今日のところは帰りな、お嬢様。もっとも、俺と一緒にいたいというなら、そっちを優先させてもらうが」
「し、失礼致しますわ!!」
慌ててルーナの手を引いて、僕はその場を走り去ったのだった。
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