041.お兄ちゃん、ヒロインを知る
入学パーティーの翌日、いよいよ本格的に学園生活がスタートした。
学園では、制服が支給され、王族も含めて、例外なくそれに袖を通す。
白の国アルビオンでは、人々の間に"身分"というものはなく、どんな立場、職業の人であっても、全て平等に扱われる。
それゆえ、この学園の中でも、名目上は貴族の階級に関わらず平等なはずなのだが、やはりなかなかそうはいかないもので、全員が同じ制服を着ていることに嫌悪感を感じている者も少なくない。
「全く、こんな粗末な制服を着なければならないなんて」
「窮屈ですわね。品位の欠片もない。スカートだって、なんでこんなに短いのかしら」
「セレーネ様ほどの高貴な方が袖を通されるに相応しくありませんわ」
女子寮を出た途端に囲まれた取り巻きのお嬢様方にもすこぶる不評だ。
前世の感覚からすると、名門お嬢様学校っぽいブレザー風のデザインで、むしろかなり好みの部類なのだが、普段からドレスを着ている身としては、色々不満もあるのかもしれない。
「まあまあ、皆さん。この学園では、私を含め、皆、平等なのです。それを象徴する良い制服ではありませんか」
「セレーネ様がそうおっしゃられるのでしたら……」
「た、確かに、言われてみれば、悪くない気もしてきましたわ」
相変わらず凄い手の平返しっぷりだなぁ。
まあ、この国の中では一応、制度上は身分の違いはなくなるわけだが、国に帰れば、もちろん元通りだ。
むしろ近い距離間でいられる今のうちに、精一杯媚びて、コネクションを作っておきたいという輩も多いのだろう。
そんなあからさまな令嬢たちの様子を見ていると、どうにもあのルイーザを思い出す。
あの社交界デビュー以来、米を融通してもらう関係もあって、彼女とは比較的良好な関係を築けている。
僕を必要以上に上げようとするのは、少し困ってしまうときもあるが、基本的には田舎育ちの良い娘だ。
ただ不運なことに、彼女、たまたま領内で流行ってしまった病の影響で、入学が少し遅れることになってしまったのだそうだ。
手紙には、如何に僕と一緒に入学を迎えられなくて悲しいか、ということがつらつらと書かれてあった。
早くルイーザと合流できないかなぁ。この制服もきっと似合うだろうなぁ。
と、そんなことを考えながら、取り巻き達の会話を聞き流しつつ歩いていると、やがて白亜の校舎へと辿り着いた。
まるで、教会か神殿のように聳え立つそれが、アルビオン学園の女子本校舎である。
この学園では、基本的に女子と男子は分けて授業が行われており、遠くを見れば、男子用の本校舎も建てられているのがわかる。
まだまだ中世風のこの異世界では、学ぶべきことの多くも、男子と女子で違いがあるために、このような形になっているのだそうだ。
とはいえ、本来は、きっとゲーム側の都合なんだろうなぁ。
「あっ……」
と、そんな時、僕の視界にオレンジ色の頭の少女の姿が映った。
昨日と相変わらぬ姿……このゲームのヒロインであるところの美少女ルーナだ。
彼女は、校舎の入り口のど真ん前で立ち止まると、その威容を見上げるようにして、しきりに感心していた。
「私、これからこんなところで勉強するんだ……」
「ちょっと、そんなところに突っ立って」
「ええ、邪魔ですわよ」
「あ、あ、ごめんなさいっ……!!」
取り巻きのうち2人が、これ見よがしに注意をすると、ルーナは慌てて入り口から飛び退いた。
「ちょっとお二人とも、そんな邪険に……」
「いえ、申し訳ありません! 私がこんなところに突っ立ていたのが悪いので!!」
慌てたようにそう言うと、ルーナはそそくさとその場を走り去って行った。
「まったく、本当に平民風情が何で入学を許されたのだか」
「聖女候補を名乗るにしても、セレーネ様の前で、本当に無粋でしかありませんのに」
うーん、なんだか、思った以上に周囲のルーナに対するヘイトが高い。
やっぱり、実際に僕が"力"を見せてしまっているのが、仇となってしまったのかもしれない。
本来のゲームでは、セレーネが自ら正統な聖女であることを取り巻きに吹聴させている風だったらしいが、今は、むしろ周りに外堀を埋められている感じだ。
これは宜しくない。
ルートによっては、僕は聖女を偽証した悪女として、主要キャラ達から袋叩きに遭うパターンもある。
自分で聖女だと主張していなくても、今の状況では、勝手に、どんどん僕が正式な聖女だという論調が広まってしまう事だろう。
「あ、あの、皆様。まだ、私が、正式な聖女と決まったわけではありませんので……」
「何をおっしゃるのですか。セレーネ様を差しおいて、あんな平民の娘が聖女のわけありませんわ」
「そうですわ! セレーネ様は、まさに女神。美しいお顔立ちだけでなく、聖母のように嫋やかなご内面。淑女としても、他の模範となるようなセレーネ様ですもの」
「ええ! セレーネ様が聖女になるのを疑う者などおりませんわ!」
「あ、あはは……」
もうこれ洗脳じゃね?
いや、どんな状況にも対応できるようにと、ステータスは伸ばしてきたつもりだが、それが変な形で仇となってしまっている気がする。
うーん、とりあえず、こちらは少しずつ抑えるとして、ルーナの事はきっちりと見守っておこう。
この感じじゃ、また、取り囲まれて、罵声を浴びせられることがあるかもしれないし。
「皆様、くれぐれも平和にいきましょうね。平和に」
自分の平穏な未来のために、とにもかくにも、まずは今この瞬間の平穏を得たい僕だった。
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