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039.お兄ちゃん、ヒロインを助ける

「あの、ちょっとよろしいかしら」


 そそくさと近づくと、僕は、貴族令嬢グループへと話しかけた。


「セ、セレーネ様!! いらっしゃっていたのですね!!」

「申し訳ありません。ご挨拶が遅れてしまいました!」

「い、いえ、それはよろしいのですが」


 僕は、自然な仕草で、ヒロインを守るような位置へと立った。


「随分目立っていましたよ。貴族の令嬢たるもの、人前でそのような罵詈雑言を放つのは、あまり宜しくないのではなくて?」

「そ、それは……」

「失礼しました!!」

「わ、私達、その……セレーネ様に良かれと思って」

「お気持ちは嬉しいですが、方法が間違っていますわ。私は、ライバルとは正々堂々戦いたいのです。ですから、ね?」


 やや威圧を込めた笑顔を向けてやると、僕の不興を買ったと思った令嬢たちは、青ざめた顔で「失礼しましたー!!」と逃げて行った。

 ふぅ、やれやれ。


「あ、その……助けていただいて、ありがとうございます!」


 礼儀正しく深々と礼をする少女。

 そんな姿には好感が持てる。


「むしろ、私の知り合いが迷惑をかけてしまって、申し訳なかったですわ」

「そ、そんな……たぶん、言っていたことは、事実だと思いますし」


 なんだか、微妙な笑顔でそうつぶやく彼女。


「あ、あの、さっきの話からすると、その……」

「ええ、私が、セレーネ・ファンネル。あなたと同じ、聖女候補です」

「や、やっぱり……!!」


 彼女は、ビシッと起立すると、再び、頭を下げた。


「わ、私も聖女候補のルーナといいます。あの……宜しくお願いします!!」


 差し出してきた右手。

 平民から貴族に握手を求めることは、本来ならあまり推奨される行為ではないかもしれない。

 本来のセレーネは、きっと彼女のこういうところも気に食わなかったのかもしれないなぁ、なんて冷静に考えつつも、僕は彼女の手を取った。


「ええ、宜しくお願いしますわね。ルーナ」


 笑顔でそう返してあげると、安心したようにルーナはホッと息を吐いた。


「あ、姉様!!」


 と、そんなタイミングで、ようやく言い争いが終わったらしいレオンハルト達がこちらへと向かってきた。


「す、すみません! お時間を取ってしまって……。私、これで失礼します!」

「え、あ、ちょっと……!!」


 自分の手を煩わせて申し訳ないと感じたのか、ルーナは、思いのほかの俊足で、そそくさと会場を後にしていった。

 むぅ、せっかくなら、この場で、他の攻略対象達とも顔合わせをさせておきたかったのに。


「すみません。姉様、なんだか放っておくような形になってしまって」

「誰か知り合いでもいたのか?」

「ええ、まあ、そんなところです」


 はぐらかすように、そう言うと、ちょうどダンスの曲がかかり出した。


「一曲頼めるか?」

「ええ、もちろんですわ。レオンハルト様」

「後で、俺とも踊ってくれよ。お嬢様」

「セレーネ、こいつとは踊るな」

「まあまあ、殿下。あっ、姉様、僕とも後で……」

「シャムシールもセレーネ様と一緒に踊りたいよね」

「ま、まとめてドーンと来いですわ」


 なぜだか、ヒロイン以上に、攻略対象に構われている気もするが、とりあえず、今日のところはパーティーを恙なく楽しむ僕だった。




 さて、その夜。

 女子生徒用の寄宿舎へと案内された僕は、あてがわれた自室の中で、アニエスに髪を梳いてもらっていた。


「セレーネ様、パーティーはいかがでしたか?」

「ええ、久しぶりにレオンハルト様達とお話しできて、楽しかったですわ」

「それは、ようございました」

「ええ、それに……」


 頭の中で、あの少女──ルーナの姿が浮かび上がる。

 この乙女ゲームのヒロインであるところの少女。

 確かに、どこか守ってあげたくなるような、愛らしい雰囲気の少女だった。

 前世の世界でも、ああいう女性なら、モテるのも当然だ。

 だけど、僕は、彼女を誰かとくっつけるわけにはいかないのだ。


「セレーネ様?」

「いえ、何でもありませんわ」


 夜風を感じるように、梳いた髪を窓際でなびかせる。

 空には、2つの月が浮かんでいる。

 妹と再び会話できるのは、およそ2か月後。

 それまでに、出来る限りのことはしておかないと。


(よーし、やるぞぉ!!)


 己の破滅エンドを回避するために、僕の心の中で、気合を入れるのだった。

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