343.お兄ちゃん、自分の人生を生きる
「さあ、お嬢様方も、一度あちらのラウンジの方へ。お飲み物をお持ち致しますので」
「はーい!!」
アニエスに案内されるままに、奥のラウンジへと歩を進める女子メンバー。
一緒に着いていこうとする僕に、アニエスから鋭い視線が飛んだ。
(セレーネ様はその場でお待ちください)
その目は、雄弁にそう語っていた。
ビクリと背筋を伸ばし、コクリと頷く僕。
ご武運をとばかりに薄く微笑んだアニエスは、そのまま女子達を上手く誘導していった。
大広間へと残された僕は、天井を見上げる。
シャンデリアの光がまるで夢の世界かのように煌めいていた。
こんな場所で一人っきりになると、今更ながら、なんだか不思議な気分だ。
ほんの四年前まで、普通の男子高校生だった僕が、世界を救った聖女としてここにいる。
元々破滅が約束されていた悪役令嬢という存在だったはずの僕が、こうやってたくさんの人達に慕われているのも、今考えてみるとまるで奇跡みたいに思えた。
そして、五人もの男性に恋慕を抱かれ、僕自身も、その五人の事を心から愛していることも。
──カツカツ
その足音は、妙にハッキリと僕の耳朶を打った。
振り向く僕。
視線の先には、明るい外の光があった。
そして、逆光の中を歩いてくる五つの影。
レオンハルト、エリアス、フィン、アミール、そして、ルカード様。
5人の男性が、正装に身を包み、僕の方へと歩いて来る。
一歩一歩近づいてくるその速度が、まるでスローモーションのように感じられる。
僕はついに、彼らの中から、誰かを選ばなければいけないのだ。
ずらりと並んだ容姿も肩書も突出した男性陣に、何事かとフロアの注目が集まっている。
衆目の前に立つことは随分と慣れたつもりだったが、今回ばかりは訳が違う。
僕の鼓動は、これまで感じたことがないくらいに、激しく高鳴っていた。
「答えを、聞かせて欲しい」
中央に立ったレオンハルトが、代表するようにそう僕へと問い掛けた。
真剣な彼らの顔を見るにつけ、臆してしまいそうになる自分がいる。
それでも……。
『選ぶのは"自分"だということ。どんな結果が待っていようと、それを受け入れなければならないのはあなた自身です。迷った先に、必ず自分なりの"答え"を見つけてください』
かつて、先代の聖女様から頂いた言葉が、僕を奮い立たせる。
もう心は決まっている。
だったら、あとはそれを伝えるだけだ。
「……皆様からのお手紙、拝読させていただきました」
震えそうになる声を必死に抑えて、僕は言葉を紡ぐ。
「皆様のお気持ち、とても嬉しく思います。こんな私が、こんなにも素敵な皆様にこれだけ想っていただけて、なんて幸せなんだろうと、そう心から思いました」
今まで彼らと過ごしてきた時間が頭をよぎる。
順風満帆とは言えなかった僕の異世界生活。
気持ちまで女の子になっていく自分に戸惑うこともあった。
それでも、彼らと過ごした日々は、いつも楽しかった。
「私にとって、レオンハルト様も、エリアス様も、フィンも、アミール様も、ルカード様も、みんなみんな、他に代わりはいない大切な殿方です。だから……」
今度こそ声が震える。
嫌われるかもしれない。
それでも、これが精一杯考えた末に出した自分の結論。
今の僕の心からの気持ち。
「私には、まだ、誰かを選ぶなんてこと、とてもできません」
言い切った瞬間に、時間が止まったかのような静寂が訪れた。
ああ、言ってしまった。
これだけ待たせた挙句、まだ選べませんなんて、自分でもどうかと思う部分はある。
でも、僕は思ったのだ。
誰が好きとか、誰を選ぶとか、そんなことよりも、もっとみんなとの今を大切にしたいと。
それは結局のところ、逃げなのかもしれない。
決断の先送りなのかもしれない。
だけど、それが今一番後悔しない選択肢なのだと、僕には思えたのだ。
「……"まだ"ということは、いずれは返事を貰えるということでいいんだな?」
レオンハルトの問い掛けに、僕は黙って、でも、彼らの目を見ながらしっかりと頷いた。
「だったら、いいぜ」
と、突然相好を崩しつつ、笑ったのはアミールだった。
「たまには、焦らされるのも悪くねぇ」
「僕も構いません。これからいくらでも僕の評価を上げられる機会はありそうですし」
「俺も、まだお前に釣り合う男にはなれていないからな」
「ふふっ、正直少し安心しちゃった」
緊張の糸が切れたように、口々に喋り出す男性陣。
僕が視線を向けると、ルカード様もコクリと頷いてくれた。
「ちょっとぉ!! 皆様、抜け駆けはいけませんわぁ!!」
と、怒涛のような勢いで現れたミアが、僕の胸へと飛び込んでくる。
「お姉様は、誰にも渡しませんから!!」
「ミアさん!! ずるいですわ!! 私だって!!」
「セレーネ様ぁ!! また、聖花を育てませんか。今度は一緒に!!」
「ママ!! パパ以外の男の人とくっついちゃダメだよ!! ほら、パパ!!」
「おい!? アシュレイ、セレーネとくっつけようとするんじゃない……」
いつしかわちゃわちゃといつもの面々に囲まれる僕。
なんだかドタバタになってしまったけれど、男性陣も納得したように微笑んでいた。
この世界で生きると決めた今、僕の人生はこれから何十年も続く。
自分が選んだこの世界で、彼らと共に生きていくのだ。
きっとこれまでのように、上手くいかないことだって、たくさんあるだろう。
だけど、確信がある。
この世界で生きるという選択をしたこと。
それだけは、決して後悔することはないだろうという確信が。
「ふふっ」
心地の良い仲間達の声に耳を傾けながら、僕は再びシャンデリアの光へと目を向けた。
そして、いつか答えを出せた、その時には……。
今晩ラスト1話投稿します。最後までお付き合いいただけると幸いです。
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