337.お兄ちゃん、平和を目指す
全てが終わった。
黒の王の悪意は世界から消え、人々は平和な日常を取り戻した。
とはいえ、全てが元通りとは行かず、戦場となった学園には戦いの爪痕が深く刻まれていた。
「ひふぅ、ひふぅ。ちょっとこれ、いつまで続ければいいのぉ……」
どこもかしこも瓦礫だらけの学園の中、石塊を満載した荷車を押しているのは、全身黒づくめのあの男だった。
「全部運び終えるまでですわ。"メラン"」
黒の使者メラン。
いや、もう"ただの"メランと言った方が良いだろう。
あの時、全ての黒の魔力を黒の王の器であるアシュレイへと譲り渡したメランは、確かに死んだはずだった。
だけど、あの最後に降り注いだ光の雨がどうやら奇跡を起こしてくれたらしい。
戦場の全ての人々の傷を癒したあの光は、メランさえ例外ではなく、彼もまた、今際の際から戻って来ることができたのだ。
もっとも、黒の魔力を全て譲り渡した彼には、もう以前のような力は残っておらず、今や普通の人と変わりない。
これまで彼を生かし続けていた不老不死の特性もきれいさっぱり失っているようだった。
「それが終わったら、次は整地作業がありますからね。自分がやったことには責任を持っていただかなければ」
「うへぇ、聖女候補様ドS過ぎるでしょ。ここが地獄か……」
そう言いながらも、よろよろとよろめきながら、作業を再開するメラン。
その姿は、どこか憑き物が落ちたかのようだった。
「いいのか。あの男を自由にさせて?」
隣で作業風景を見守っていたレオンハルトが、そんな風に問い掛けてくる。
「もう彼には力は残っていませんわ。それに……」
きっと、あの光の雨は、二人の本当の想いをメランへと伝えてくれたのではないかと思う。
黒の王の心には確かに悪意が残されていた。
でも、それだけじゃない。
平和のための犠牲になる覚悟を、彼は確かに持っていたのだ。
聖女様への確かな愛情とともに。
その事をどんな風に上手く伝えようかと思っていると、僕が口を開くよりも早く、レオンハルトが薄く笑った。
「ふっ。聖女であるお前が言うなら、反対できる者はいないか」
「だから、聖女になるつもりはありませんのに……」
あの時、アシュレイの中にあった黒の魔力と共に、聖女に代々受け継がれてきた白の根源もまた、空へと消えた。
200年以上の間、紡がれてきた2つの力と想いは、添い遂げるかのように、この世界から姿を消したのだ。
黒の領域は無くなり、それに対抗するための力も必要が無くなった。
つまり、聖女という存在の必要性は、もう無いのだ。
「お前がどう言おうと、人々はお前の事を聖女と呼ぶだろう」
「あーあ、なんだか姉様が遠くに行ってしまった気分だよ」
そんな風に冗談めかして言うのはフィン。
そして、いつの間にか、僕の周りにはたくさんの仲間達が集まって来ていた。
「私は私。これまでと変わりませんわ。ねえ、ルカード様」
「そうですね。黒の存在が消えた今、白の教会もまた変革を求められています。聖女様に頼らない国作りをしていく時が、いよいよ来たのかもしれません」
「ほら、ルカード様もこうおっしゃっていらっしゃいますし」
「とはいえ、これまでのシステムを変えるのは簡単ではなさそうです」
エリアスの言うように、すでに白の教会から、新たな聖女になって欲しいという打診を貰っているのも事実だった。
枢機卿を始めとする教会上層部は、どうしても僕に聖女の役割を担って欲しいようだ。
確かに、白の根源が失われた今、もっとも強い白の魔力を有しているのは僕に他ならない。
僕という存在を担ぎ上げなければ、今まで築き上げてきた教会としての権威が失われてしまう。
そう、彼らは考えているのだろう。
「白の国だけではなく、黒の領域の跡地の問題もあります。紅碧、双方の国の中には、この機会に領土を広げようと考える貴族も少なからずいるでしょうね」
「最悪、また戦争なんて事にも……」
「平和になったとはいえ、色々とままなりませんわね」
黒という共通の敵を失った今、三国の状態はある意味で昔に戻ってしまった。
均衡を失えば、また、あの時代のように、争いが絶えない世の中になる可能性だってなくはない。
「それでも、きっと大丈夫ですわ」
僕の言葉に、その場にいた誰もが強く頷いた。
聖女様と黒の王が、自分たちを犠牲にしてでも作り出してくれた平和な世界。
彼らがいなくなったこれからは、僕達がそれを作り上げていかなければならないのだ。
今度こそ、そう。誰の犠牲も出さずに。
「ママ」
その時だった。
慣れ親しんだあの声が僕の耳朶を打った。
来週末で完結予定です。最後までお付き合いいただけると幸いです。
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