332.女神からの天啓 その3
「……お兄ちゃん?」
「えっ?」
目覚めと共に、最初に視界に飛び込んできたのは、一糸まとわぬ姿の前世の妹だった。
彼女は、驚いた表情でこちらを見ている。
「あれ、僕はいったい……」
記憶が混濁している。
今日は、二つの月が重なる晩だっただろうか……?
いや、違う。
そうだ。僕は……。
「……死んだ……のか?」
『やはり、超えられませんでしたか』
エコーのように響いた声は、優愛のものじゃない。
これは、女神の声。
「女神様。僕達は……」
『ゲームオーバー。あなた達の世界で言えば、そうなるでしょうか』
やはり僕は、あの世界において死を迎えた……ということか。
そして、おそらくは……。
視線を優愛へと向けると、彼女もまた、神妙な表情で僕の方を見ていた。
『残念ながら、それぞれの世界において、あなた達の人生は終わりを迎えました』
「そんな!! 私は、まだ……!!」
『やるべきことが残っている。そう言いたい気持ちはわかります。ですが、一度昇天した魂を"すぐに"同じ世界に蘇らせることは叶いません』
断言するような口調で語られた女神の言葉に、意気消沈した優愛は黙り込んでしまう。
『気を落とさずとも大丈夫。あなた方の魂は、それぞれの世界での"生"を経由したことで、元の世界へと戻る権利を得たのですから』
「それって……」
『今のお二人は、前世で亡くなったあの日、あの場所に生き返ることができるという事です』
思ってみもなかった言葉を聞いて、絶句した表情を浮かべる優愛。
それは、僕も同じだ。
とっくに諦めていた前世への帰還。
それが、こんなにあっさりと叶うなんて……。
喜びよりも、むしろ戸惑いの方が大きい。
「もしかして、女神様はそれが目的で、僕達をこの世界へ……?」
『はい。ですが、それだけではありません』
天から響く声の質がわずかに変わる。
『終わり行く世界を救うために、私はあなた達を送ったのです』
「世界を救う?」
『もともと、あなた達が転生した2つの世界は、終焉を迎える運命にありました』
滔々と語り出す女神の声色は、どこか震えているように僕には感じられた。
「あの世界は、ゲームの世界だったんじゃ……?」
『逆です。あれらの世界を模倣したものが、あなた方の世界のゲームと呼ばれる遊戯だったのです』
「それってどういう……」
『魂は世界を超えて輪廻する』
"深く語るのはルール違反"とでも言いたげに、そこで言葉を切る女神。
そんな彼女に、ゴクリと一度唾を飲み込んでから、優愛は問い掛ける。
「私達は、世界を救えなかった……。ということですか?」
『はい。私は本来の輪廻から外れた"特異点"として、あなた方をそれぞれの世界に送り込みました』
「もしかして、僕らは取り違えられたわけじゃなく……」
『意図して、お互いの知らない世界へと送り込んだのです。世界の終焉という未来を回避するためにはそれが必要でした。ですが、残念ながら、最後の最後で、一歩及ばなかったようです』
その言葉で、ついさっきの記憶が強くフラッシュバックする。
僕の腹を貫いたアシュレイ。
その時の彼の残虐な表情は、今まで見たことがないものだった。
彼は新たな黒の王として、覚醒してしまったに違いない。
かつての黒の王の力と悪意を受け継いだアシュレイ。
彼はもう、初代聖女様から受け継がれてきた白の根源の力ですら、止めることはできない。
女神の言うように、世界に終焉を齎す存在に、アシュレイはなってしまったのだ。
「もう一度やり直せないんですか!?」
口を開きかけた僕よりも早く、優愛がそう叫んでいた。
こんな必死な表情の優愛を見るのは初めてだった。
僕と同様に、どうやら彼女にもあの世界に大切なものができたらしい。
だが、そんな僕や優愛の想いも空しく、女神はしばし無言を貫いた後、小さく「無理です」と呟いた。
『先ほども言ったように、その世界で亡くなった者を同じ世界で蘇らせることは禁じられています。どうにもなりません』
「そんな……!!」
『このまま、あなた方を前世の世界へと帰します。なお、それぞれの世界での記憶は──』
その時だった。
僕と優愛の身体から淡い光が漏れる。
「これは……?」
『まさか……』
女神の声にも驚きの色が浮かぶ。
『……どうやら、お二人の"生"は、まだ終わってはいなかったようです』
「えっ!?」
『魂が元の肉体へと戻ろうとしている』
女神の言葉に呼応するかのように、胸の辺りから発する光は、どんどん強くなっている。
『ですが、状況は好転していません。ここで戻れば、また悲惨な目に遭うかもしれない』
それは暗に、このまま前世へと帰るという選択肢があると示唆していた。
「それでも」
「うん、私達は」
優愛と視線を交わすと、僕らは力強く頷き合う。
女神は僕らの言葉に、どこか満足げに息を漏らした。
『わかりました。もう一度。もう一度だけ、あなた方に世界の命運を託させて下さい』
その言葉を最後に、女神の声がどんどん遠ざかっていく。
同時に、優愛の姿も見えなくなる。
眩いばかりに輝く視界の先に、あの世界の空気を感じた。
僕なんかが戻ったところで、何もできないかもしれない。
それでも……。
みんなの顔が脳裏に浮かんだ。
もう、僕にとって、みんなは……。
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