331.お兄ちゃん、死す
「ああ……あああ……」
目の前で起きていることが、とても現実に思えない。
僕の息子、アシュレイ。
消えゆく意識の最中で、彼は自らの胸をナイフで突き刺した。
理由は考えるまでもない。
彼は、自ら死を選ぶことで、黒の存在をこの世から消そうとしているのだ。
自己犠牲。
彼の中身はまだ子どもだ。
だから、そんな選択肢を取るなんて、考えてもみなかった。
僕は、自分が育てたこの青年の事を、侮っていたのだ。
「だ……め……」
流れ出す血が、否応なく死を確信させる。
さっきのレオンハルトよりもさらに酷い状態。
このままじゃ、アシュレイは間違いなく死ぬ。
そう思った時には、もう身体が勝手に動いていた。
もう魔力はほとんど残ってはいない。
それでも……!!
「ラー♪」
魂から絞り出すように、僕は歌を紡ぐ。
このまま死なせなんかしない。
絶対に彼を救う。
じゃないと、あんまりじゃないか。
自分の意思など必要なく、ただ器として生み出された挙句、自らその命を絶つ。
そんな悲劇が、あってはいけない。
そんな目に彼を遭わせてはいけない。
僕の大切な息子を、こんなところで死なせてなるものか!!!!
「これは……」
激しい光が、自分自身から発せられているのがわかる。
本来、黒の魔力を持つ者を白の魔力で癒すことはできない。
かつては、僕の強すぎる白の魔力が、アシュレイにとって毒になってしまったこともあった。
でも、今は……今だけは……!!
──奇跡が起きた。
それは彼と過ごした時間がそうさせたのか。
あるいは、愛する息子を救いたいという僕の想いがそうさせたのかはわからない。
一心不乱で魔力を振り絞り続けた僕が、やがて気づいた時、胸元に刺さったナイフは跡形もなく消え失せ、大きく空いた傷口は完全に塞がっていた。
服に付着していた血の赤さえも宙に溶けるように霧散した中で、アシュレイはゆっくりと目を開く。
「あ、ああ……」
何が起こったかよくわかっていないのか、眠そうな目を2,3度瞬かせるアシュレイ。
その壮健な振舞いに、僕は思わず、彼の身体へと抱き着いていた。
「良かった……。本当に、本当に……!!」
大切なぬくもりを噛みしめるように、僕はアシュレイの胸へと縋りつく。
胸元に耳を当てると、確かな鼓動が僕の耳朶を打った。
うん、間違いない。
彼は、もう──
──ザシュッ
「…………えっ」
音が聞こえた。
自分の腹部から。
ゆっくりと視線を落とす。
黒い何かが、自分の腹から生えていた。
いや、それが何かなんて、はっきりとわかっている。
それは、アシュレイの腕だ。
彼の腕が、僕の腹を貫いていた。
じんわりと血の赤が、勝負服のスカートに広がっていく。
同時に、身体の中の熱が、どんどん失われていくのを僕はどこか他人事のように感じていた。
「アシュ……レイ……?」
ぼやけ始めた視界の先で、アシュレイが唇の端を釣り上げた。
違う。
君の笑い方はそんなんじゃなかっただろう。
もっと無垢で、純粋で、心から楽しそうで……。
「セレーネ様ぁああああああああああああああっ!!!!」
ルーナが自分の名を叫ぶ声がする中、僕はほどなく意識を手放した。
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