330.お兄ちゃん、息子の覚悟を知る
「ああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!!!!!」
耳をつんざくような叫び声が、聖塔へと響く。
メランの身体に蓄えられていた黒の領域の全ての瘴気。
それが今、アシュレイの身体へと流れて行く。
いや、流れて行くのは、それだけじゃない。
メランがかつての黒の王の意思と呼ぶもの。
コリックが黒の王の悪意と呼んだもの。
それが、瘴気と共に、アシュレイの中へと流れ込んでいく。
噴き出す瘴気の渦の中で、身に纏う純白の制服すらも、黒の王の正装めいた漆黒の衣装へと変わっていく。
特徴的だった灰色の髪には幾筋も黒の線が描かれ、噴き出す瘴気が髪の毛を逆立てた。
「アシュレイ……!!」
叫んでも、手を伸ばしても、瘴気に阻まれて、もう彼には届かない。
永遠かと感じられるような時間の中で、僕はただ声を枯らして、彼の名を呼び続けた。
そして……。
「止まっ……た」
ポツリと呟いたのは誰の声だっただろうか。
全ての瘴気が受け渡されたその場で、バタリと何かが倒れた。
メランだ。
真っ白になった彼の身体が、力なくその場に横たわる。
その奥には、一人ポツリと立つアシュレイの姿。
様変わりした彼は、どこかうつろな表情で、虚空を見つめている。
「あ、ああ……"僕"は……」
えっ?
自分の事を"僕"と呼んだ。
まさか……。
わずかな期待と共に、顔を上げた僕の元へと、アシュレイが音もなく、ふわりと着地した。
「アシュレイ……なのですか?」
戸惑いがちにそう問い掛けると、彼は黙ったまま、こくりと頷いた。
「あ、ああ……」
思わず安堵の声が漏れる。
黒の力を受け継ぎながらも、彼は彼のままでいてくれたのだ。
「良かった。アシュレイ!! アシュレイ!!」
抱き着こうとする僕へと、彼は右手を突き出した。
「近づ……かないで……ママ」
「アシュレイ……?」
どこかおかしい様子に、一気にまた不安に引き戻される僕。
彼は突き出した右手を震わせながら、不自然に笑顔を作った。
「ママが……名前を……呼んでくれた……から」
そう言って、無理に微笑む彼の顔が歪む。
まさか……。
「アシュレイ!! 心を強く持って!!」
「ごめん……少し……無理……みたい……」
苦し気に表情を歪めるアシュレイ。
彼の意思は、やはり黒の王の悪意に上書きされようとしている。
「ダメ!! 絶対に!! あなたは、あなたのままでいなきゃ……!!」
「ママ……」
ギュッと自分の右腕を左腕で掴んだ彼は、苦しみながらも、どこか穏やかな表情で真っすぐに僕を見つめていた。
「ママと一緒で……僕は……幸せだった……」
その時、彼の胸元からポロリと何かが落ちた。
それは、誕生日の時に彼に渡したあの人形だった。
フィンがいつも作っているそれを真似して作った、アシュレイへの誕生日プレゼント。
男の子の彼には、あまり嬉しくないプレゼントかもしれないと不安に思った時もあったが、彼はとても喜んでくれた。
そして、彼はずっとそれを大切にしてくれていたのだ。
「ママと……パパと……おじさんと……僕」
思い出すように目を閉じるその顔に、僕の目からもまた熱い涙がこぼれる。
「ああ……楽しかった……なぁ……」
「これからも、ずっと楽しいことは続くんですのよ!!」
「あはは……うん……そうだよ……ね」
言葉を切った彼は、ゆっくりと目を開く。
「ママには……たくさんの……友達が……いて」
徐々にうつろになっていくアシュレイの瞳。
「だから……僕が……」
消えゆく瞳の光が、最後の一瞬弾けた。
そして、銀色の何かが閃いたと思った次の瞬間──
「えっ……」
黒い柄が、アシュレイの胸から生えていた。
事実の認識を頭が拒む。
だが、無情にもそれを意識づけるかのように、彼の胸から鮮血が黒い服に染み渡っていく。
僕の息子、アシュレイ。
彼は、自身の胸に、ナイフを突き立てていた。
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