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033.お兄ちゃん、妹に嫌われる

 そんなことを考えていると、室内に、優雅なクラシック音楽が流れ始めた。

 どうやら、ダンスの時間がやってきたらしい。


「あら、もう時間ですわね」


 ルイーザや他の令嬢達も、残念そうに各々散らばっていく。

 ダンスタイムは、社交界のメインイベントみたいなものだ。

 やがて、ぽつりぽつりと男性に声をかけられた令嬢たちが、ホールの中央で踊り始めた。

 うーん、こういうところを見ると、まさに優雅な貴族社会って感じだな。

 と、感心してる場合じゃない。

 僕も、一応は公爵令嬢だ。

 壁の花に徹しているわけにはいかない。

 とはいえ……。

 周囲に視線を巡らせる。

 うーん、周りの男の子達は、王子の婚約者である僕には自分から声をかけてはこない。

 そして、僕の方から彼らに声をかけるのも、マナー違反に当たる。

 こういう場では、男性がリードするのが、お約束らしいからだ。

 となると、僕、踊る相手いないじゃん、となるわけだが、一人だけ、僕と踊っても角が立たない人物がいる。

 そう、義弟のフィンである。

 父が、フィンも一緒に社交界デビューさせたのは、そういった意図もあったのだろう。

 最初にフィンと踊れば、あとは、次々と交代で、他の男の子とも踊っていくことができる。フォークダンスみたいなもんだな。

 さて、では、遅くなったが、フィンを探して……っと、いたいた。


「フィン、遅くなり……」


 思わず言葉を止めた。

 なにやらフィンがミアと言い争いをしていたからだ。


「お兄様は、私の事なんでどうでも良いのですか?」

「ミア、あの時話をしたじゃないか。君一人残していってしまったのは申し訳ないと思ってる。でも……」


 と、そこで、フィンが僕に気づいた。


「姉様」

「姉……様……!!」


 ミアがキッと、こちらをにらみつけてきた。

 明確な悪意。どうやら、僕は思っていた以上に、このミアという少女に嫌われてしまっているらしい。


「貴女ですわ……貴女が私からお兄様を……!!」

「こら、ミア!! 姉様に失礼だろう!!」

「お兄様は、私よりも、この(ひと)の肩を持つのですね!!」

「そういうわけじゃ……」


 うーむ、どうやら、兄妹間でも、随分話がこじれてしまっているようだ。

 一度、僕も一緒に、落ち着いて話し合った方が良さそうだ。


「あの、ミアさん。一度、落ち着いて、お話を──」

「あなたなんて……あなたなんていなければ!!」


 瞬間の事だった。

 彼女の周囲に、強力な魔力が迸った。

 今まで、僕の周囲で、最も魔力が強い人間といえば、神官であるルカード様だった。

 彼の魔力は繊細で、なんというか心が温かくなるような魔力だった。

 だが、今、目の前の少女から放たれている魔力は、あまりにも冷たく、重い。


「ミア!!」

「うわあああああ!!!」


 叫びを上げながら、魔力そのものを暴発させる。

 突き上げるような風が吹き荒れ、僕の身体は遥か宙を舞っていた。

 あ、やば。

 このまま落下したら、僕──。


「セレーネ様!!」


 一瞬、死を意識したその時、僕の身体は力強く抱き留められていた。


「アニエス……?」

「お怪我はありませんか!?」


 これまで護衛として、陰から僕を見守ってくれていたアニエスが、突然の事態に飛び出してきてくれたらしい。

 身体能力強化の魔法を使っているのか、力強い彼女の腕に抱き留められたまま、僕は、ゆっくりと床に降ろされる。


「ありがとう。助かりました」

「ご無事で良かった……。どこかお怪我は?」

「大丈夫です。それよりも……」


 僕は視線をミアへと向ける。

 魔力を暴発させた彼女は、その瞬間、気絶したかのように床に倒れ伏していた。

 フィンがその身体を支えているが、その顔には焦りが見える。


「ミア!! ミア!!」


 必死にフィンが呼びかけるが、彼女の顔からはどんどん血の気が引いている。これは……。


「ああ、まったく!! なんてことを!!!」


 顔面蒼白のマイヤー子爵が、大人達のエリアから慌てて駆けてきた。


「む、娘がとんだ粗相を!! すぐに娘を処分しますので!!」

「えっ……!?」


 この親、今なんと。


「ちょ、ちょっと待って下さい……!! ミアさんは、明らかに様子がおかしく……」

「娘は、奇病に侵されているのです。魔力が際限なく増え続ける奇病に。それで……」

「病気……」


 フィンも言及していた妹の病気。

 一般的な病気かと思っていたが、まさか魔力に由来するものだったとは。


「公爵家のご令嬢を命の危機にさらしてしまった以上、もはや、娘の命を奪う他ありません」

「そんな! 私は別に……」

「そうでもしなければ、責任の取りようが」


 自分が腹を切る、とは言わないのだな、この人は。


「やはり連れて来るべきではなかった……。どうしてもと言うから、親心を出してしまったのがいけなかった……セレーネ様?」


 子爵の話を無視して、僕はゆっくりとミアに近づく。

 周りの貴族達は、ミアを助けようとするでもなく、遠巻きに眺めている。

 彼らにしてみれば、社交界中に魔力を暴発させた危ない子ども、という認識なのだろう。


「フィン」

「姉様……!」


 すがるように僕の名を呼ぶフィン。

 わかってるよ。

 僕が……僕が、きっとなんとかしてみせる。


「──ラー」


 口から、音が漏れた。

 紡ぐは、ハンスが奏でていたあの曲。

 このゲーム本来のメインテーマになっている穏やかで優しい曲。

 そのメロディーを口ずさむ。


「な、何を……?」


 そう零したのは子爵だっただろうか。

 突然歌い出した僕を見て、ざわめき出した周囲だったが、すぐにそれは驚きの声へと変わる。

 僕の全身から白い光が放たれた。

 魔力の弁を解放し、自分の力を思うさまに解放する。

 あれから、僕はずっと自分の魔力の弁を開け、コントロールするにはどうすればよいか考えていた。

 そうして、あれこれ試しているうちに気づいた。

 歌だ。

 歌に乗せることで、僕の白き魔力は、癒しの風となって周囲を包む。

 大丈夫、僕はできる。


「ラーララー」


 白き光がミアを包み込む。

 すると、それまで血の気が引いていた顔に徐々に血色が戻っていく。

 シャムシールを助けた時と同じだ。

 やがて、ゆっくりとミアは目を開いた。


「あ、私……は」

「ミア!!」


 フィンが、滂沱の涙を流しながら、ミアへと抱き着く。

 良かった。

 どうやら、僕の癒しの魔法は上手くできたようだ。

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