032.お兄ちゃん、取り巻きにつかまる
「セレーネ様!!」
場にそぐわぬほど大きな声で、声をかけてきたのは見知らぬ少女だった。
金色の髪をドリルのように巻いた独特のヘアスタイルをし、派手な深紅のドレスに身を包んでいる。
顔はそれなりに整っているが、美人というよりは勝ち気そう、という印象の方が強い。
とはいえ、顔についたわずかばかりのそばかすからは、どことなく愛嬌も感じさせる。
はて、こんな娘、知り合いにいただろうか。
前世の記憶が戻る前の記憶を探ってみても、該当する人物は存在しない。
「えーと……」
「私、アインホルン伯爵家の長女、ルイーザと申します!」
胸に手を当て、その少女は声高にそう言った。
名前を聞いても、しっくりこない。
やはり初対面に違いない。
「セレーネ・ファンネル様、是非、この機会にお近づきに!!」
「セレーネ様!! 私も、ご挨拶を!!」
「いえ、私の方が先ですわ!!」
と、ルイーザと名乗った女の子を筆頭に、あれよあれよという間に、僕の周りに女の子達が集まってくる。
前世なら、ひゃっほー、ハーレムじゃねぇの!! と喜ぶべき場面だが、ここは貴族社会、彼女達の魂胆など至極単純だ。
家格の高い家に媚びる。
いわゆる取り巻きというやつだな。
聖女候補の事を王族以外には未だ伏せている僕は、基本的には、公爵家の長女であり、紅の国の王子の婚約者という認識を周りからは持たれている。
つまるところ、未来の王妃様というわけであり、今のうちにお近づきになっておきたいと思う子達が多くいるのも当然だろう。
男の子達が寄ってこないのは、王子の婚約者に色目を使ったなんて言いがかりでもつけられようものなら、たいへんなことになるからだ。
そんなわけで、疑似ハーレムを形成した僕であったが、これでは身動きが取れない。
「フィ、フィン、後で、参りますから!!」
「わかりました。姉様」
とりあえず、この娘達を放っておくわけにもいかないので、フィンとミアには先に行ってもらうことにする。
ってなわけで、またも、挨拶タイムのスタートだ。
中には、さっき親御さんと一緒に挨拶来たやん、という者も結構いたが、おそらく、みんな未来の王妃に媚売っておけ、と親に言われてきているのだろう。
全員、淑女淑女して非常に丁寧ではあるが、その分、挨拶が長いのなんの……。
その上、少女達同士で牽制しあっている節もあり、表面上はニコニコしているものの、なんだか圧が凄い。
ふぅ、こういうのを見ると、やっぱり貴族社会ってやーね、と感じてしまうなぁ。
「セレーネ様!! お近づきの印に、こちらをどうぞ!!」
ひとしきり皆の挨拶が終わった後、我先にと、僕へと話かけようとする令嬢達の間を縫うようにして、最初に声をかけてきたルイーザという少女が、なにやら小さな包みを差し出した。
「こ、これは……!?」
「アインホルンで収穫された"新米"を使った郷土料理でございます」
彼女は、差し出したそれは、笹の葉にくるまれた"おにぎり"だった。
海苔さえ巻かれていない、ただただ純粋な三角形の銀シャリ。
大きさもほんの一口サイズだ。
ごくりと、自然と唾を飲み込んでいた。
こんなに純粋な米の塊を見るのは、前世以来だ。
この世界にも米食文化はある。
だが、明らかに、日本で食べられている米とは種類が違い、粒が小さく、パサパサとした食感で、正直あまりおいしくはない。
しかし、今目の前に差し出されたそれはどうだろうか。
大きな粒に、輝くような光沢。
いや、これは、まごうことなくうるち米。
「まあ、社交界の場で、贈り物なんて」
「なんてあさましい」
「魂胆が見え見えですわね」
「それに、あんな田舎料理なんて」
ルイーザに先手を取られた令嬢たちが、聞こえるか聞こえないかぐらいの声で、皆、一様にルイーザをディスっている。
さすがに耳に入ったのか、テンション高めだったルイーザの顔が強張る。
「も、申し訳ありません。公爵家のご令嬢にこんな田舎料理なんて、ふさわしくありませんわよね……」
「お待ちになって!!」
差し出したその手を下げようとしたところを僕は必死で止める。
「セレーネ様……?」
「私、郷土料理には目がありませんの。是非、ご相伴にあずかりたいわ!!」
「ほ、本当ですか!?」
ルイーザの瞳が、パァッと輝く。
「ええ、ひとついただけますか?」
「も、もちろんです!!」
差し出されたおにぎりを受け取る。
立食パーティーの場でもあるので、立ち食いもマナー違反には抵触しないだろう。
あー、このもちもちとした手触り。
やはり、間違いない。前世で食べていたうるち米だ。
僕は、目を輝かせながら、おにぎりを頬張った。
「う、う……」
「セレーネ様?」
「とても、おいしいですわ。ルイーザ様」
表面上はおしとやかに謝辞を述べつつも、心の中で僕は叫んでいた。
この味!! 食感!! これこれぇええ!!
「お気に召していただけたようで嬉しいです!!」
「アインホルンでは、米作が盛んなのかしら?」
「盛んというほどではございませんが、領内で消費する分程度は、育てています」
ということは、ほとんど限定食品ってことか。
そりゃもったいないぜ。
毎日でも食べたいくらいなのに。
「あ、でも、セレーネ様が、ご所望でしたら、是非、屋敷まで送らせて──」
「ぜひ、お願いしますわ!!」
思わず、食い気味にそう伝えると、ルイーザは、一瞬キョトンとしながらも、嬉しそうに「はい!!」と言ってくれた。
よっしゃ、まさか思わぬところで、愛する米をゲットすることができるとは、いやはや、めんどうだと思ったけれど、来てみるもんだね、社交界ってやつも。
色々米を使った料理の妄想が広がるなぁ。そう言えば、碧の国は海に面しているし、海苔もワンチャン……!
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