317.お兄ちゃん、帰還を実感する
「だが、それは、我々の騎士道に反することに他ならない」
僕が口を出すよりも早く、レオンハルトは自らの先ほどの言葉を否定した。
「俺達はセレーネからかつての黒の王国について聞かされた。ご先祖様達の全てが間違いだったとは言わないが、黒を排除することで、我々が平和を築いてきたこともまた事実」
「レオンハルト様のおっしゃるとおりです」
エリアスも力強く頷きながら、同意を示す。
「かつての我々がしたことは、決して正義とは言えないものでしょう。だからこそ、再びその愚を侵すわけにはいかない」
「守り抜きましょう。彼を」
紅と碧、それぞれの国の者達が、その言葉に強く頷いた。
「アルビオンの方々も、それで宜しいですか?」
黒の領域を200年もの間抑え込んできたのは、白の国に他ならない。
紅と碧以上に、白の国には黒との因縁めいた関係がある。
目を閉じたままの神官達の中で、ルカード様だけが唯一口を開く。
「我々は、聖女様の意のままに」
決定権は聖女へと託す。
その言葉は、遠回しに肯定を意味していた。
「私達も、もちろん皆さんと気持ちは同じです!!」
現在の聖女であるルーナの鶴の一声で、会議の方向性は決まった。
それからは、どうメランからアシュレイを守り抜くか、という話し合いが始まった。
会議には長い時間を要し、様々な案が練られた。
やがて、メランへの対抗策を考えあげた僕達は、一度解散という流れになった。
黒の領域の収縮速度から判断して、おおよそメランが動き出すのは3日後。
それまでは、メランを迎え討つ準備を整えつつ、英気を養うということになったのだった。
「フィン。アシュレイの事を頼みますね」
「うん。任せてよ。姉様」
長い会議が終わった頃。
落ちてゆく夕日をバックに、僕はアシュレイをフィンに託していた。
中身はまだ子どもとはいえ、見た目は僕らと変わらない年齢の青年だ。
さすがに、女子寮で僕と一緒に寝るというのも問題があり、今日はフィンに彼を預かってもらうことになっていた。
「アシュレイも、ちゃんとフィンの言うことを聞くのですよ」
「わかった。フィンおじさん。宜しくお願いします」
「ははっ、おじさんは酷いなぁ……」
母親の弟なのだから、確かにアシュレイにとってはおじさんか。
いや、なんだか不思議な響きだな。
「姉様も、ゆっくり休んでね。久しぶりに、アニエスに背中を流してもらうといいよ」
「そうですね。是非」
ふんすふんす、と鼻息も荒く、アニエスがグッと拳を握る。
従者としてわきまえてはいるが、なんだかんだ、2カ月ぶりに僕とスキンシップを計りたかったようだ。
昨日ここへ帰ってきた時も、シュキをはじめとした学園の同輩たちやアミール、そして、ミアやシルヴィも大泣きしながら迎え入れてくれた。
改めて、自分がいかにみんなに愛されているかを感じさせられて、なんだか嬉しいような、こそばゆいような、とにかく胸がポワッと温かくなるような気分だ。
「帰ってきたのですね……」
黄昏色の学園の景色を見回すと、ようやく実感が湧いてくる。
白亜の校舎に、恋人達でにぎわう湖畔、講堂からは劇団員たちのハキハキとした練習の声が聞こえてくる。
僕の居場所、アルビオン学園。
でも、ここは決戦の舞台に選ばれた。
メランを迎え撃つのに、この学園はもっとも適した場所だ。
かつて軍の駐屯地だったこの土地は、高く強固な外壁で覆われており、この中へメランを誘い込めば、街への被害が出る可能性を極力抑えることができる。
白の泉と同様に、白の魔力が集まって来やすい聖塔も、アシュレイをかくまうにはうってつけだった。
白の国の中で、ここよりも戦場として相応しい場所は他にない。
だが、戦いとなれば、この美しい景色もどうなってしまうかはわからない。
戦いのための準備は少しずつ始められており、学生達は退去を余儀なくされるまで、それほど時間は残っていないだろう。
もう二度と拝めないかもしれない風景を目に焼き付けるように、僕は西日を受けてキラキラと光る湖面へと視線を向けた。
水鳥達が一斉に羽ばたき、紅く染め上げられた風景の中に、影を描いていく。
「姉様……」
そんな僕を見て、フィンがポツリと呟く。
「そうだ。姉様が帰って来たお祝いをまだ、していなかったよね」
「お祝い!!」
フィンの言葉に、アシュレイがぴくりと反応する。
アシュレイにとって、お祝いとはすなわち誕生日であり、人生で彼が最も幸福を感じたであろう瞬間だった。
期待した眼差しを向けてくるアシュレイに、フィンもにっこりと微笑む。
「アシュレイさんの歓迎もまだだったし、明日はパーティーでも開くのもいいんじゃない?」
「パーティー!!」
「うーん、けれど、時期が時期ですし……」
「もちろん本格的なものは難しいけど、ささやかな規模のものなら大丈夫だよ」
「私も全力で準備いたします」
アシュレイは目を輝かせ、アニエスもなんだかやる気だ。
「そうですわね。こんな時だからこそ、必要なことかもしれません」
この景色の中で、みんなで過ごせるのは最後になるかもしれない。
だとすれば、少しでも楽しい思い出を増やしていくことが、今の僕らにとって、大切な事のように僕にも思えた。
「わかりました。明日は、皆様を呼んで、ささやかなお茶会をすると致しましょう」
そう宣言すると、一緒にいた3人は笑顔で頷いたのだった。
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