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315.お兄ちゃん、聖女を抱きしめる

「そうそう。上手だよ」


 ルドルフ先輩の監督の元、恐る恐ると言った様子で鳥達に餌やりをする男の子。

 穏やかな風の中、少しだけくすんだ灰色の髪を靡かせたその少年は、学園の制服に身を包んでいる。

 彼こそ、僕とコリック……いや、フェリックス王子が、黒の領域で2カ月間に渡り親代わりをして育ててきた子ども。

 黒の王の依り代として黒の大樹から生み出された存在、アシュレイ。

 アルビオン学園の湖へとやってきた彼は、初めての体験にワクワクとした様子だった。


「ママ!! 凄いよ。あんなにたくさんの鳥達が!!」

「アシュレイ、早く餌を手放さないと……って、あっ」

「うわっ!!」


 餌を奪い取るように、アシュレイの肩や腕へと飛び乗った水鳥達。

 ひとしきり手に持った餌をついばまれたのち、彼は桟橋に倒れ込んだ状態で、笑っていた。


「はははっ!! あははははっ!!」

「もう、アシュレイったら」


 鳥達に餌をあげる。

 そんな些細な事ですら、彼にとっては新鮮な体験なのだろう。

 なにせ、生まれてからまだほんの2カ月しか経っていない上に、その2カ月すら、過ごしたのはあの黒の王城の中だけだ。

 身体は成長し、本から知識も学んだが、精神的にはまだまだ子どもの部分が大きい。


「ママもやってみてよ」


 ヨッと勢いをつけて立ち上がると、笑顔でそんなことを言ってくる。

 本当に子どもっぽい。

 でも、そんな姿を見ていると、ホッとしている自分もいた。

 黒の領域を脱出してから10日。

 最初のうちは、パパ代わりをしていたフェリックス王子との別れの悲しみから塞ぎこんでいた彼だったが、少しずつこうやって無邪気な表情を見せてくれるようになっている。

 僕自身、あの一件が尾を引いていないとは言い難いが、それでも、こうやってお互いにわずかでも前に向かって進めている実感が感じられることが、僕には嬉しかった。


「そうですわね。では、私も──」

「セレーネ様」


 と、その時だった。

 真剣な顔で、桟橋へとやってきたのはアニエス。

 彼女の姿を見て、僕はポツリと呟いた。


「どうやら時間のようですわ」

「……わかった」


 お互いにコクリと頷き合った僕とアシュレイは、アニエスに連れられてとある場所へと移動した。

 白の聖塔。

 聖女試験の課題を言い渡される場所であり、僕にとっては馴染み深い。

 しかし、踏み入ったそこはいつもとは様変わりし、採光豊かな広間には、四角を描くように長机と椅子の数々が運び込まれていた。

 そこにはすでに、多くの人々が腰掛けている。

 左手には、レオンハルトや紅の騎士団の団長達。

 右手には、エリアスやフィンを筆頭とした碧の国の面々。

 正面には、ルカード様を中心とした白の教会の神官達。

 錚々たる顔ぶれが並ぶそこに、僕とアシュレイも腰掛ける。


「揃ったようですね」

「いえ、まだ、聖女様が……」


 カツカツ……。

 その時、聖塔の奥から靴の鳴る音が響いた。

 自然と向けた視線の先、二人の女僧兵を随伴する形で、一人の女性が姿を現した。

 天頂から差す陽が逆光となって、はっきりとは姿が見えない。

 だが、錫杖を持ち、白装束を纏ったその姿は、紛れもなく聖女様その人だった。

 ゆっくりとレッドカーペットの上を進んだ白装束の女性は、やがて、一段高くなった上座の上で止まった。

 そして、光の中から浮き出すように、その素顔が集まった者達の前へと晒される。 


「遅れてすみません!! 服を着替えるのに手間取ってしまって……!!」


 威厳など欠片もなく、普段のようににへらと笑うのは、紛れもなく、僕と聖女試験で争ったルーナだった。




 "聖女ルーナ"。

 最初に聞かされた時は、本当に驚いたものだった。

 僕を黒の領域から救い出すためには、強力な白の魔力が必要。

 それを聞かされた彼女は、悩んだ挙句、聖女様から白の根源(ホワイトオリジン)を受け継ぐ決意をした。

 もちろん、彼女個人の願望だけではどうにもならなかっただろうが、エリアスやルカード様を始めとした、多くの人がルーナが聖女を受け継げるように、尽力してくれたらしい。

 そして、何よりも、先代の聖女であるローラ様自身が、ルーナが新たな聖女になることを望んだそうだ。

 力を受け渡したローラ様は聖女ではなくなってしまったのだが、それゆえに、戦線の矢面に立つ役割を自ら望んで果たされた。

 白の根源を引き渡しても、しばらくの間は、聖女としての力は残る。

 一時的に、聖女の力を持つ者が2人存在する状況を作った事で、戦争と僕の救出、双方において、白の魔力を存分に活用することができた。

 今回の一件で、ルーナが果たした役割は非常に大きい。


「勝手に聖女になってしまって、すみません……」


 自分が聖女になった旨を僕に伝えた時のルーナは、申し訳なさそうに身体を丸めていた。


「あのまま聖女試験が真っ当に進んでいれば、聖女になったのはきっとセレーネ様だったのに」

「そんなことはありません」


 僕は、ううん、と首を横に振る。


「私には、例え貴方に勝って、資格を得ていたとしても、聖女になる覚悟がありませんでした。でも、ルーナちゃんは、自分のためではなく、私の、そして、みんなのために聖女になることを選んだ。それはきっと、ルーナちゃんにしかできなかったことだと、私は思います」


 そう伝えると、ルーナは泣きそうな顔で、微笑みを返してくれた。

 何も言わず、そんなルーナを抱きしめる。

 きっと、たくさんの事を考えたのだろう。

 本当は僕が考えなければならなかった色々な悩みを、彼女は全て引き受けてくれた。

 やはり彼女こそ本当のヒロインなのだろう。

 彼女は僕の事を"憧れ"だと言ったが、僕にとっても、またルーナは"憧れ"だった。

 精一杯の感謝を伝えるように、彼女の肩を抱く僕。

 ひとしきりそうした後、彼女は泣き腫らした目で、それでも、笑いながらこう言った。


「望みが叶いました」

「望み?」

「はい、セレーネ様に、またこうやって抱きしめてもらうっていう望みが」


 心から穏やかな顔で、彼女は目をわずかに細めた。


「決してみんなのためだけじゃありません。私が、セレーネ様にこうして欲しかったから、私は聖女になる道を選びました。だから……えい!!」


 もう一度、今度は彼女の方から、僕へと抱き着いてくるルーナ。

 その余りにもヒロインじみた言葉と態度に、僕の中の忘れかけていた男の部分がムクムクと膨れ上がって来る。

 可愛すぎるだろ、この娘……。

 普段はボケてるところもあるけど、やっぱり彼女はヒロインだ。

 愛おしさを表すように、そんな彼女の身体を僕も抱きしめる。

 ヒロインと悪役令嬢。

 本来のゲームの中では、いがみ合っていた二人だけど、僕らは今、お互いの事をこんなにも想っている。

 それだけでも、僕がこの世界に来た意味はあったのかもしれない。

 そう思えるほどに、その時の僕らの周りには、幸せな時間が流れていたのだった。

 



 ……ちなみにその後、ルイーザにも同じ時間だけ抱きしめさせられました。どうやらいつの間にか百合ルートに進んでいるようです。

「面白かった」や「続きが気になる」等、少しでも感じて下さった方は、広告下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援していただけますと、とても励みになります。

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