314.お兄ちゃん、黒の領域から脱出する
「瘴気を取り込みきる前に、叩き斬る!!」
「無駄です。レオンハルト王子」
コリック……いや、フェリックス王子が、攻撃をしようとしているレオンハルトを制止した。
「あの膨大な瘴気の前では、こちらの攻撃は通らない。それよりも、この隙に黒の領域から脱出すべきです」
クルリと振り返ったフェリックス王子は、僕とアシュレイへと視線を向けた。
「黒の大樹はまだ完全に崩壊したわけではない。おそらくメランの言う黒の王の意思も途絶えたわけではないでしょう」
「そうだとすれば……」
「ええ、瘴気を取り込み終えたメランは、まず間違いなくアシュレイを狙う」
名前を呼ばれたアシュレイがビクリと震えた。
「メランは黒の王の悪意をアシュレイへと宿す。そうなれば、白の魔力にも屈することのない、無敵の黒の王が誕生してしまう。彼だけは、絶対に死守しなければならない」
「そのために、今はこの場から逃げろ、と」
「そうです。瘴気を取り込んだ直後のメランに、敵う術はありません」
フェリックス王子の言葉を聞いて、僕は仲間達の方へと振り返った。
「皆様」
「元よりそのつもりだ」
レオンハルトが聖剣を鞘へとしまいながら、力強く応える。
同様に、仲間達も首を縦に振ってくれた。
『逃がすと思うかぁ?』
くぐもったような声がその場に響くと、そこかしこの地面から木々の根がうねるように飛び出してきた。
それらは、こちらを捉えようと、その鋭い切っ先を鞭のようにしならせる。
「はぁっ!!」
迫りくる数々の根をレオンハルトとアニエスが斬り伏せ、ルカード様が防御魔法で防いだ。
「くっ、瘴気を取り込む間の時間を稼ぐつもりですか!?」
「全員、私の元へ!!」
フェリックス王子の声に、仲間達が彼の近くに密集する。
「何をするおつもりで?」
「皆さんを黒の領域の外まで転移させます」
身体中の魔力を練りながら、フェリックス王子はそう言った。
「そんなことが可能ですの?」
これまで経験した彼の転移魔法は、せいぜい自分を含めた2人での数十メートルの移動が限界だった。
これだけの人数を数十キロ離れた黒の領域の外へと転移させるなど、とてもできるとは思えない。
「瘴気が集まっている今だからこそ、それができます」
「あっ……」
周囲の瘴気を取り込んでいるのは、何もメランだけではない。
同じ黒の使者である彼も、周囲の黒の魔力を限界までその身に取り込もうとしていた。
「止めてくださいまし!! それでは、貴方も……!!」
「いいのです。あの時傷ついた私の肉体は、黒の魔力で生かされているようなものです。このまま黒の大樹が崩壊すれば、私もおそらくは助からない」
「そ、そんな……」
「最後の力を皆さんのために使えるのならば、これ以上の事はない」
決意を籠めた瞳で、彼は僕とアシュレイを真っすぐに見つめている。
「パパ……」
「アシュレイ。ママの言うことを良く聞くんだぞ」
「嫌だ!! パパも……パパも一緒に!!」
涙を流しながら、フェリックス王子──いや、パパであるコリックへと縋りつくアシュレイ。
黒の王城での別れの時とは違う。
今度の別れは、きっと今生の別れになる。
それがわかっているからこそ、アシュレイは悲痛な表情のままパパへと抱き着いていた。
そんなアシュレイを彼は穏やかな視線で見つめている。
「ありがとう」
柔らかな風のような優しい声色で、彼は小さく話す。
「この2カ月間、お前のおかげで、私は一人の人間に戻ることができた。どうか、私の分も幸せに生きて欲しい」
「パパ!! パパ!!」
「さよなら、我が最愛の息子よ」
周囲の空間が歪むほどに、大量の黒の魔力をその身に宿したフェリックス王子は、ついにその力を解放した。
瞬間、音が消え去り、景色が消え去り、そして、自身の身体の感覚さえも消え去る。
それに抗うように、必死に手を伸ばし続けるアシュレイ。
だが、決して届かぬその距離の向こうで、最後に見えたのは、鉄仮面を取り払ったフェリックス王子のどこまでも優しい微笑みだった。
そして──。
これまでよりもずっと長い浮遊感の後、僕達はやがて、光差すいずこかへと転移していたのだった。
黒の領域編は本話にて終了。次話からいよいよ最終章に入ります。
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