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310.お兄ちゃん、お姫様抱っこされる

「はぁはぁ……」


 黒の王城を脱出し、レオンハルト達と合流してからおよそ30分ほど。

 森を小走りに駆け抜ける僕は、さすがに疲労を感じていた。

 2カ月もの間、黒の王城でインドア生活を続けていたせいか、少し体力が落ちてしまったのかもしれない。

 あまり走るのに適していないドレス姿な事もあって、みんなについていくのもやっとというところだ。


「姉様、大丈夫?」

「え、ええ……」


 辛いのは辛いが、今はそんなことを言っていられる余裕もない。

 なにせ、いつ黒の使者であるメランが追って来るかもわからないのだ。

 出来る限り迅速に、黒の領域から脱出する。

 そのためには、多少身体に鞭を打ったところで──


「うわっと!?」


 その時、突然の浮遊感が僕を襲った。

 何かに持ち上げられるような感覚。

 いや、このガッシリとした力強い感触は……。


「レオンハルト様!?」

「この方が速い。お前ひとり分の重さくらい、俺にはどうということもない」


 言葉通り、僕を抱えながらも、先ほどと全く同じペースで駆け続けるレオンハルト。

 いやぁ、こりゃ楽だわ。

 って、いやいや。さすがにみんなの前で僕だけお姫様抱っこで運ばれるのは……。


「レオンハルト様、少し恥ずかしい……というか」

「そんなこと言うな」


 彼はどこか感慨深げに目を細める。


「こうしていると、お前がそこにいるという実感が湧いてくる。今は、今だけは、こうさせて欲しい」

「レオンハルト様……」


 僕が攫われた事で、彼は本当に自分を責め続けていたのだろう。

 半ば能天気に子育てに奮闘していたことを少しだけ後ろめたく感じてしまう。

 ちょっと恥ずかしくはあるけど、今は彼のその想いを受け入れてあげよう。

 そう思った僕だったのだが……。


「マ、ママに何をするんですか!?」


 驚きの声を上げたのは、これまでずっと僕と並走していたアシュレイだ。

 僕を抱き上げるという行為を眼前で目撃した彼は、なぜだか妙にご立腹だった。


「ママ? お前は何を言って……」

「そう言えば、さっきセレーネ様も彼の事を"息子"と呼んでましたよね」


 ルーナの問いかけに、僕はレオンハルトに抱かれながらもコクリと頷く。


「はい。彼は、私の息子のアシュレイですわ」

「ま、ますますわからん……。セレーネ、もう少し説明を」

「ど、どこから説明差し上げればよいのか。えーと……」

「ママを返してよ!!」


 説明する間もなく、アシュレイはレオンハルトから僕を奪い返そうと腕を伸ばす。


「止めておけ。見るからに軟弱そうなお前では、到底……」

「軟弱なんかじゃない!」


 と、その瞬間だった。

 アシュレイがわずかに声に怒気を込めた瞬間、彼の身体から黒の瘴気が漏れだした。

 同時に、レオンハルトが僕を抱いたまま、アシュレイから飛び退くように距離を取る。


「黒の瘴気……貴様もまさか」

「ち、違います!! レオンハルト様!! あの子は──」

「おさがり下さい。セレーネ様!! この男は、私達が」

「ア、アニエスも落ち着いて……!!」


 すぐさま臨戦態勢に入った二人。

 剣戦と白の泉で、2度も黒の存在に煮え湯を飲まされたトラウマからか、一時も油断はしないという強い意志が伝わってくる。

 だがしかし、僕はそんな闘争心丸出しの二人の前へと躍り出ると、両手を広げた。


「二人とも、待ってください!! 彼は、確かに黒の魔力を持っていますが、決して、心まで黒ではありません!!」


 必死で叫ぶようにそう伝えると、2人はまだ半ば訝し気ながらも、一応は剣を納めてくれた。


「素直には受け入れられん。だが、お前がそこまで言うならば──」


 レオンハルトの言葉に、ホッとしかけていた心が、一瞬で委縮する。

 背筋を走り抜ける悪寒。

 その場にいる全員が身に覚えのある威圧感を感じ、空を見上げた。


「あれは……」


 メランの駆る黒竜。

 黒の領域の最大戦力が、烈火の如き勢いで、こちらへと向かって来る。

 そして、僕らの頭上を一瞬で通り過ぎると、一気にスピードを落とし、こちらへと旋回しつつ降下し始めた。

 それを見て、覚悟を決めたように、レオンハルトが剣を抜き放つ。


「やはり来ましたか……」

「ああ。ここで、決着をつける」


 その言葉に、アニエスも頷き、そして、フィンとルーナ、ルカード様もまた頷いた。

 妙な連帯感。

 レオンハルト達は、黒竜と一戦交える覚悟をすでに決めていたかのようだった。


「無茶ですわ!! あの黒竜の強さは……」

「安心しろ。セレーネ」


 ポンと僕の頭に手を触れたレオンハルト。

 安心させるように穏やかな表情で、彼は僕を真正面から見つめた。


「以前とは違う。俺達はあの竜を打倒し、必ず、お前を連れて黒の領域を脱する」


 高らかと宣言した彼は、わずかに名残惜しそうに僕の頬に触れると、そのままこちらへと背を向けた。

 そんな彼に並ぶようにして、アニエスが、フィンが、ルカード様が一歩踏み出す。

 そして、僕の隣にはルーナが。


「セレーネ様、見ていて下さい。きっと私達は、メラン(あの人)達に勝ってみせます」


 こちらを睥睨しつつ、ゆっくりと降下してくるドラゴン。

 それを迎え撃つように、威風堂々と仁王立ちをする仲間達。

 かつての勇者パーティーと黒の王の戦いを彷彿とさせるような激戦が、いよいよ始まろうとしていたのだった。

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