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031.お兄ちゃん、社交界デビューをする

「当家の長女と長男、セレーネとフィンです」

「まあ、なんと美しいお嬢様でしょうか!」

「跡取りのお坊ちゃまも、聡明そうで……」


 プレ社交界デビュー当日、父に連れられ、港町にある洋館を訪れた僕とフィンは、さっそく他の貴族たちに紹介されていた。

 さすがに、名家ということもあって、こちらが移動せずとも、後から後から他の貴族連中が、自分の子を連れてやって来る。

 そうして、お互いの子どもの紹介が終われば、また、次の……という感じなのだが、まあ、退屈で仕方がない。

 フィンの方は、父から、各貴族の顔と名前を覚えておくように、と課題を与えられているようで、今にも頭がパンクしそうなほど、必死の表情で目を見開いているのだが、僕の方はというと、ただただ流れ去っていく時間をボーっと過ごしているだけだった。

 料理なんかも、今日は特別なものが用意されているようだし、さっさと終わらせて、そっちを堪能したいな~。

 なんて、そんなことを考えていた時だった。


「ファンネル公爵様、この度は……」

「マイヤー子爵」


 父の呼んだ名でハッとする。

 顔を上げると、そこには、どこかずる賢そうな顔をした壮年の男性の姿があった。

 マイヤー……確か、この人は。

 隣に立つフィンを見る。

 彼は、表情を一切変えず、相手を見据えていた。


「フィン」

「マイヤー子爵様。ご無沙汰しております」


 そう。この人は、フィンの本当のお父さんだ。

 フィンは元々マイヤー子爵系の四男。

 彼がファンネル家にやってきた時期を考えると、おおよそ半年ぶりの再会ということになるだろうか。


「立派になられたようですな。フィン様」

「父様から、色々学ばせていただきましたので」


 元々の親子ながら、2人の様子はどことなくよそよそしい。

 まあ、今では、家格的にはフィンの方が上になってしまったわけで、里親とはいえ、こういった公の場で、あまり親し気な様子を見せるのも、といったところだろうか。

 いや、そもそも、もしかしたら、フィンとこの父親はあまり仲が良くないのかもしれない。

 先ほどから、この子爵の視線は、フィンというよりも、父の方をちらちらと見ているように見える。

 明らかに意識しているのは、フィンよりもヒルト公爵。

 大方、フィンが優秀に育っている様子に、父の覚えもよくなったとほくそ笑んでいるのだろう。


「セレーネ様。この度は社交界デビューおめでとうございます」

「あ、はい、ありがとうございます」


 そんなことを考えていたら、その父親に声をかけられたので、便宜的に返しておく。

 顔で印象を決めるのはあまり良いこととは言えないが……ちょっと苦手な目つきだなぁ。

 そんなことを考えていた、その時だった。


「お兄様!!」


 僕とマイヤー子爵の間を抜けるようにして、ピンク色のドレスを着た小柄な女の子が、フィンへと抱き着いた。

 思わず目が点になる。


「こ、こら、ミア!! セレーネ様に失礼ではないか!!」

「お兄様!! お兄様!!」


 しかし、子爵の声など、聞こえていないのか。

 その小柄な少女は、フィンへと必死に抱き着いている。

 そんな少女を見つめ、フィンは「ミア」と小さく呟いた。


「フィン、もしかして……」

「は、はい。僕の……妹です」


 力いっぱい抱き着かれ、フィンは困ったように頭を掻いたのだった。




「ほ、本当に失礼いたしました!!」


 僕に……というより、父に全力で謝罪をするマイヤー子爵。

 まあ、別に前を横切られただけなので、僕としては謝罪までしてもらう必要はないんだけど、この人にとって、少しでも公爵家の覚えが悪くなることは避けたいことのようだ。


「別に構いませんわ」

「か、寛大なお心に感謝致します」


 大げさだなぁ。


「フィン、積もる話もあるだろう。少し時間をやる」

「いいのですか。父様……?」

「ここからは、大人と子どもはそれぞれの時間だからな」


 このプレ社交界では、付き添いとしてやってきた大人達は、大人達同士でおしゃべりをし、子ども達は子ども達同士で交友を深める。

 おおよその挨拶周りはできたし、あとは、子ども同士でご自由に、ということなのだろう。


「まったく恥をかかせよって……」


 こちらに聞こえてないと思っているのか、ぼそりと呟いたマイヤー子爵は、フィンの妹、ミアを叱りつけようとそちらをぎろりとにらみつけたのだが。


「子爵。優秀な養子をもらってたいへん感謝している。少しこちらで、話さないか?」

「ファ、ファンネル公爵。是非!」


 父にそう言われると、まるで犬のようについて行った。

 最後に、こちらへ向けて、女殺しのウインクをしてみせる父。

 うーん、我が父ながら、できる男だ。


「さて、では……」


 未だフィンの腕に抱き着いて、幸せそうな顔を浮かべるミアを眺めつつ、僕はフィンと頷き合った。

 せっかくの機会だし、このミアちゃんともお近づきになりたいところだ。

 なにせ、大好きなお兄ちゃんを奪ってしまった立場なわけだし、それについても、きちんと謝罪をしておきたいのだ。

 それに、彼女が受け入れてくれるかはわからないが、僕の魔法を試してみる機会も得られるかもしれない。

 そんなわけで、ちょうど話をするのに良さそうなスペースを見つけ、そちらに移動しようとしたその時だった。

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