308.碧の王子、黒衣の青年と対峙する
戦列が崩れるのは、時間の問題だった。
倒しても倒しても、無限に湧き出してくるかのような魔物達。
その圧倒的な物量に、次第に歩兵部隊のあちらこちらに小さな綻びが生まれ始めている。
このまま陣形が瓦解すれば、一息に魔物達に吞み込まれてしまうことは間違いない。
紅と碧の騎士団が奮闘してくれてはいるが、すでに戦いも2日目。
魔力を十分に回復する時間すら与えられず、彼らの多くもすでにガス欠状態だ。
必然、聖女様の負担も大きくなっており、そう遠くないうちに、限界が訪れるだろう。
「頃合ですか」
出来る限りの事はやった。
レオンハルト達ならば、きっとセレーネ様を救出している頃だろう。
黒の領域そのものへの侵攻は、さらに準備を整えて、再度挑戦すればいい。
ならば、あとは出来る限り多くの兵達を無事に撤退させることに全力を尽くす。
「伝令兵、撤退の指示を──」
「エリアス様!!」
その時だった。
慌てた様子で、一人の兵士が声を上げる。
「何事ですか?」
「じょ、上空を……!!」
視線を上へと向けると同時に、黒い影が僕らの方へと飛来する姿が目に入る。
「黒竜……」
これまで戦況を見守るかのように、同じ場所に留まり続けていた黒竜が、ついに動いた。
おそらく聖女様の白の魔力が弱まってきているのを感じたのだろう。
今ならば、聖女を倒せる。
そう踏んで、特攻を仕掛けようとしている。
「僧兵達に指示を!! 黒竜が来ます!!」
「了解!! シールド展開!!」
指示と同時に、黒竜の侵攻を阻むように、空中に巨大な光の壁が現れる。
ルカード様も得意とする翠の魔力による防御壁。
10名足らずの魔力を使える僧兵で生成したその盾にぶつかり、黒竜が一瞬怯んだ。
「今です!! 碧の騎士団!!」
「一斉斉射!! てぇー!!」
伝令が飛び、上空の黒竜に気づいた碧の騎士団の面々が、最後の魔力を振り絞る。
あのドラゴンは明らかに司令塔の役割を果たしていた。
あれさえいなくなれば、この戦場のイニシアチブはこちらに……。
だが、その願いは空しく潰えた。
爆音を上げながら炸裂する様々な属性の魔法を歯牙にもかけず、ドラゴンは大きく首をもたげた。
そして──
「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!!」
咆哮、そして、閃光が迸る。
紫電のような黒い架線が見えたと思った瞬間、ドラゴンの前に展開してはずの防御壁は、跡形もなく消え去っていた。
それを満足そうに見つめ、悠々と翼をはためかせる黒竜。
あまりに凄まじいその威力に、戦場の全ての人間が、その姿を唖然として見つめていた。
「あ、ああ……」
傍らにいた伝令兵が膝から崩れ落ちる。
まずい。今ので、一気に士気が……。
『うわぁああああああああああああああ!!!!』
陣形が崩れた。
民兵の一部が、武器を投げ出し、敗走し出したのだ。
そして、それは雪崩のように全部隊へと伝播していく。
この狂乱を止める事は、もはや不可能。
「伝令兵!!」
「は、はいっ!!」
放心していた伝令係をシャムシールがしっぽで打つ。
ハッとした彼に向かって、僕は最後の指示を飛ばした。
「騎士団の面々に指示を。敗走を止めるな。民兵の逃げる時間を稼げ、と」
「わ、わかりました!!」
慌てて、指令所から駆け出す伝令兵。
さあ、僕も最後の仕事をするとしよう。
黒竜を見上げた僕。
すると、そこから、一人の人物が飛び降りてきた。
以前白の泉の上空でも見たその姿。
あの時は遠目にしか見えなかったが、間違いない。
彼こそ、黒の使者メラン。
「敵の首魁であろう方が、まさか自分から降りて来るとは、いささか不用心ですね」
「ふふふっ。そっちも聖女を戦場に駆り出してきたんだから、多少はね」
ニヤニヤといやらしく微笑む黒衣の男は、周りを僧兵達に囲まれているにも関わらず、全く余裕の表情だ。
あのまま黒竜に乗って上空からこちらを消し飛ばしてしまえば、それで済んだというのに、よほど自身の実力に自信があるらしい。
「わざわざ降りてきたということは何か要件があるのでしょう」
「はっはっ、条件なんてないよぉ」
口角を釣り上げるようにして、彼は言う。
「ただ、どうせ聖女を殺すなら、ドラゴンに任せるよりも、自分の手で、と思ってね」
「こ、この野郎……!!」
と、僕と彼とのやり取りと見守っていた僧兵の一人が、槍を構え、メランに向かって突撃した。
「やめ──」
僕の静止の声が届くよりも先に、その僧兵の背中には刃が生えていた。
いや、違う。
メランが、一瞬で武器を取り出すと、僧兵の腹からその刃を突き立てていたのだ。
「か……はっ……!?」
「人が話してる時に横やり入れたらいけないんだぞー」
「こいつ!!」
完全に臨戦態勢に入った僧兵達が、メランを取り囲むように槍を構える。
彼の実力はおそらくレオンハルト様以上。
みすみす殺されるだけになるのは目に見えている。
だが、惨劇が起こるよりも早く、柔らかな風が僕らの頬を撫でた。
そして、腹から血を流して倒れていた僧兵が、むくりと起き上がる。
「こ、これは……」
「あらら、まさか自分から出て来るなんてねぇ」
メランが向けた視線の先。
そこに立っていたのは、痩身痩躯の小柄な女性。
白の国の女王である、聖女様その人だった。
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