305.お兄ちゃん、5日目を迎える
戦争2日目。
日の出前に城へと戻ってきたコリックの顔には、さすがに疲れがにじみ出ていた。
「ご苦労だったね。コリック」
「森の鎮火は完了した。夜のうちは、人間達も大人しくしていたようだ」
どうやら、昨晩は一旦、双方の軍が撤退という形になったらしい。
その証拠に、アシュレイも苦痛に悩まされることが無くなっていた。
「今日の指揮はお前が執れ」
「元よりそのつもりさぁ。やっぱり積年の恨みは、自分の手で晴らさないとねぇ」
グッと拳を握り込むメラン。
どうやら彼は、今日の戦いで、全ての決着をつけるつもりのようだ。
「コリックには聖女候補様をお願いするよ。どうやら黒の王も戦争には反対みたいでね」
「わかった。責任を持って、監督しておく」
「それじゃあ、行くとしようか」
パチンとメランが指を鳴らす。
すると、大樹の遥か頂から、何か黒い塊のようなものが飛来した。
そして、それは翼を、四肢を、尾を形作っていく。
はっきりとしたその姿は、白の国で僕を攫った時に現れた、あの黒いドラゴンだった。
「さあて、黒の本懐を遂げるとしますか」
ドラゴンへと飛び乗るメラン。
嘶くように天に吠えたドラゴンは、その巨体を震わせながら、遥か森の東へと飛び立ってゆく。
その光景を呆然を見送る僕とアシュレイ。
あのドラゴンのブレスは、レオンハルトですら対処できないほど強力だ。
あれが、参戦したとなれば、みんなは……。
「コリック……」
「何も喋るな」
それだけ言うと、彼は部屋の扉を塞ぐようにして椅子を置くと、そこに腰を下ろした。
どうやら、僕達をそうやって監視するつもりらしい。
と、その時だった。
メランが飛び去っていった東の方角から、陽が差した。
朝が来た。
そして、それは、女神が僕に伝えてくれた5日目が来た事を意味していた。
「現れましたか……」
焼け野原になった森の上空、漆黒の翼を羽ばたかせてこちらを睥睨しているのは、白の泉でも姿を見せたあの黒竜だった。
その戦闘力は、普通の魔物達とは比べるべくもない。
同時に、黒竜の直下から大量の魔物達が戦場へと姿を現した。
まさに、総戦力。
昨日以上の圧倒的な圧に、直接剣を交える立場ではない僕でさえ、膝が震える。
だが、ここで退くわけにはいかない。
セレーネ様を救い出すためにも、そして、黒の領域を完全にこの大陸から消し去るためにも、この機会を逃がしてよいはずがない。
自然と気合の入る僕ではあったが、兵達もそういかない。
士気は昨日に比べると明らかに低下していた。
白の魔力による癒しの効果を受けていたとはいえ、1日中戦い続けた上に、目の前には昨日以上の大戦力が待ち構えている。
ほとんどが民兵ばかりな事もあり、彼らの表情には、明らかな戸惑い、そして、諦めすら浮かべている者もいた。
このままでは戦うまでもなく負ける。
なんとか、兵たちの士気を上げようと、何かしらの伝令を伝えようと思ったその時だった。
「これは……」
白の魔力。
聖女様の放つ柔らかな白の魔力が、戦場にいる全ての兵達を鼓舞するように伝播していく。
昨日の疲労と恐怖で心が折れかけていた兵たちの顔に、再び活力が戻る。
まったく……。
残った魔力はそう多くはないはずなのに、本当に無茶をする。
だけど、彼女の心憎い応援のおかげで、兵達の士気がかなり持ち直したのは間違いない。
これならば、あと少しだけは戦うことができる。
『命を擲つ覚悟があります』
何のてらいもなく、彼女はそう言った。
彼女にとって、民に尽くすことが当たり前であり、そのためならば、自分の命を削ることすら厭わない。
本当に、聖女とはなんという存在なのだろう。
恋愛感情を抜きに考えても、これだけ自己犠牲を強いられる立場だからこそ、僕はセレーネ様を聖女にしたくなかったのかもしれない。
「恩に着ます。そして、必ずや勝利を」
後方に控える聖女様へ、拳を握って敬礼を送ると、僕は開戦の声を張り上げたのだった。
「面白かった」や「続きが気になる」等、少しでも感じて下さった方は、広告下の【☆☆☆☆☆】やブックマークで応援していただけますと、とても励みになります。




