304.ヒロイン、箱庭に辿り着く
「そろそろ陽が暮れそうですね……」
空を見上げたフィン様が、心配そうにつぶやく。
鬱蒼とした暗い森の中を1日中走り続けたその顔には、さすがに疲労がにじみ出ていた。
「やはり今日中に辿り着くことは難しいですね」
「魔物が少ないとはいえ、闇の中を進むのは得策とは言えません、レオンハルト様」
「……やむを得んか」
誰よりも早く進みたいという気持ちの強いレオンハルト様。
それでも、確実に辿り着く方を優先し、どうやら休むという選択肢を受け入れてくれたようだった。
「この辺りは少し地面が緩いですね。どこかに野営に適した場所があれば良いのですが」
周囲を見回すルカード様だったが、どこを見ても木々がどこまでも続いているばかり。
だけど、その時だった。
「あっ……」
何だか、妙な感覚を感じた。
この黒の領域の中にあって、やけに清らな空気感。
気づくと私は、フラフラとそちらに向かって歩き出していた。
「ルーナ様?」
慌てて、アニエス師匠たちも私の後をついて来る。
そうして、しばらく進むと、私達は拓けた場所に辿り着いた。
そこは、まるで箱庭のような場所だった。
夕刻の優しい光が降り注ぐ、葦の育った小さな池。
その周りには、若草がそよぎ、黄色い色の花々が茎を揺らしている。
「これは……」
「黒の領域の中に、こんな場所があるのか……」
驚いたように目を見開くレオンハルト様達。
明らかに他の場所とは違う雰囲気。
ここは、何か特別な場所なのだろうか。
「ルーナ様の魔力が無くても、瘴気を感じません。どうやらこの空間には魔物達も立ち入らないようですね」
「ふむ、こんな白の泉のような場所が黒の領域内にあるとは驚きだが、好都合だ。今夜はここで一泊するとしよう」
そうして、野営の準備を始める僕ら。
携帯してきた食料で簡単な夕食を済ませる。
「黒の大樹までの距離はあとどれくらいでしょうか?」
「目測であと10キロ前後といったところでしょうか。順調にいけば、明日の午前中には辿り着けるかと」
「すぐに休むぞ。明日は夜が明けきらないうちに出発する」
そう言って、すぐに若草の上に横になるレオンハルト様。
この辺りの切り替えは、さすがに武者修行で慣れているレオンハルト様といったところ。
他のメンバーも、その姿を見て、次々と地面に横になっていく。
「もぐちゃん。私達も一緒に休みましょう」
「ぴぽ!」
私も仰向けになって柔らかい若草に寝転ぶ。
するとぽっかりと空いた森の木々の間から空が見えた。
黒の領域の空は曇っていることが多いが、なぜかこの場所の上だけはわずかに星が見えた。
明日には、いよいよセレーネ様に会える。
それを思うと、興奮でなかなか寝付けそうにない。
黒の大樹に近づくごとに、森の瘴気は益々濃くなっている。
白の魔力を扱える私が頑張らないと……!!
「ぴぽ」
力の入った身体を緩ませるように、もぐぴーが私の頬をぺろりと舐めた。
「もう、もぐちゃんったら」
そのくすぐったさに、思わず笑みが浮かぶ。
どうやら、緊張している私の心をほぐしてくれようとしたらしい。
セレーネ様のような気遣いを感じた私は、たったそれだけの事でも、なんだか心が少し軽くなったようだった。
ゆっくりと瞳を閉じる。
次に目覚めた時、私はきっとセレーネ様と……。
その笑顔を想像するだけで、何だか胸に温かいものが広がって、私はいつしか眠りについていた。
「言うとおりにしたぞ。メラン」
魔物達に大量の瘴気を送り、さらなる強化を図ると、高みの見物とばかりに、私は近くにあった最も高い木の上から戦場の様子を眺めた。
戦況はおよそ拮抗している。
戦術対物量。
黒の領域のほとんどの魔物を集めた圧倒的な物量に対し、人間たちはよく戦っていた。
どうやら、あのセレーネ・ファンネルのように、聖女様が10万もの兵を白の魔力で癒しているようだ。
瘴気で強化された魔物達にも、騎士達の奮闘でなんとか食らいついている。
"想定していた通り"の戦いっぷり。
これならば、もう少しは持ち堪えることができるだろう。
だが……。
これから夜になる。
人間同士の戦いであれば、夜に戦をすることは考えられない。
しかし、魔物達には時間など関係がない。
視界の悪くなった中でも、昼間と変わらずに暴れまわるとすれば、人間達はやがて対処できなくなってしまうだろう。
特に、歩兵のほとんどは実践に参加するのが初めての民兵だ。
闇夜で襲われる恐怖心にはとても耐えらない。
「メラン。聞こえるか」
虚空に叫ぶようにすると、すぐに頭の中に声が響く。
『なんだい。コリック。もうそろそろ決着を……』
「魔物達を一旦退く」
『はぁ? 何言ってるのさ?』
「焼かれた森に鎮火する気配がない。このまま戦い続けているうちに、黒の領域内部まで奴らは侵攻してくるぞ」
初手の大魔法で森林に放たれた炎は、次々と燃え広がり、木々をなぎ倒している。
魔物達がその程度の火に怯むことはないが、森がなくなれば、歩兵が前進できるスペースも広がってしまう。
「一度、この火災をどうにかした方が良い」
『炎なんてどうでもいいよ。人間達を倒せさえすれば……』
「ああ、こちらの勝利は揺るがない。だからこそ、言っている。この程度で、人間への恨みを晴らせるのか?」
私のその言葉を聞いた途端、一瞬ピタリとメランの言葉が止まった。
「明日には、残った魔物達を総動員して、人間側に総攻撃をかける。お前が直接指揮を執れ。じっくりと絶望を味合わせた後、聖女を始末すればいい」
『ふーん、なんだ。コリックも意外と効率より、そういうところを優先するんだねぇ』
食いついた。
そう思った時には、メランはいつもの声の調子に戻っていた。
『いいよ。わかった。明日は俺が戦場に出るよ』
「ああ、200年に渡る恨み。お前自身の手で、晴らしてやるといい」
そう言葉を締めくくると、俺は魔物達へと撤退の指示を出した。
決戦は明日。
そして、おそらくは……。
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