303.お兄ちゃん、待つ
「ううぅ……」
「アシュレイ……」
唸り続けるアシュレイの肩を抱く僕。
戦争が始まってからは、ずっとこんな様子だ。
黒の大樹から生まれたアシュレイは、瘴気から生まれた魔物達とある種同質の存在ともいえる。
それゆえか、魔物達の受けたダメージが、アシュレイに対して精神的な苦痛となって現れているようだった。
手塩にかけて育ててきた息子の痛ましい姿に胸がギュッとなる。
今すぐにでも、エリアスの元に行って、戦争を止めさせたいところではあるけど……。
そんなことを考えていると、傍らのメランが相変わらずのニヤニヤ顔でぼそりと呟いた。
「凄いなぁ。さすがに考えられてるね」
「考えられてる?」
「ああ、人間たちの戦術さ。見事だねぇ。まるで魔物達がゴミのようだよ」
自分の手駒がやられているというのに、メランは他人事のようにそんな風に宣う。
戦術……おそらくだが、戦いの指揮を執っているのはエリアスだろう。
計画書を元に、さらに工夫を凝らしたであろう彼の戦術が図に当たったとすれば、さすがの一言。
だが、それによって、アシュレイに負担がかかってしまっているのは、どうにもいただけない。
「決着は着きそうですの?」
「まさか。まだまだ魔物はいくらでもいるからね。さぁて、人間たちはどこまで持ちこたえられるかなぁ~」
彼の見せる余裕の根拠は、圧倒的な魔物達の物量にあるらしい。
黒の領域は広い。
その黒の領域中の魔物が全て集まっているとするならば、その数は一国の人口にも匹敵するかもしれない。
でも、そんな数の魔物達の苦痛がフィードバックされてしまったら……。
「アシュレイ?」
ふと、ずっと蹲っていたアシュレイが、壁に手をついて立ち上がった。
「大丈夫ですか。無理はしない方が……」
「ううん、大丈夫だよ。ママ。随分慣れてきた……」
青い顔をしつつも、なんとか立ち上がれるくらいまでは回復したらしいアシュレイは、脂汗を掻きながらもメランへと視線を向けた。
「メランおじさん……」
「んー、なんですか。黒の王?」
「こんな戦争、おかしいです。今からでも、戦いを止めるべきです」
断固とした口調でメランへとそう伝えるアシュレイ。
「魔物達の苦痛を感じて、僕にもはっきりとわかりました。戦争は悪だ。お互いにこんな苦しい思いをして、得られるものなんて何もない」
「あらら、まさか黒の王様に否定されちゃうなんて。あくまで貴方のために俺達は動いてるんだけどなぁ」
自分たちが担ぎ上げるべき未来の王に否定されたというのに、メランは飄々とそんな風に返す。
「僕を黒の王だと言うならば、僕の願いを聞いて下さい」
「あー、残念だけど、君はまだ"正式な"黒の王ってわけじゃないからね。黒の国の主導権は、まだ俺にある」
グッと拳を握り込んだメランは、どこともしれぬ虚空に向かって叫んだ。
「コリック!! 魔物達に瘴気を送り込め。自壊しようが構わない!!」
どうやら戦場で直接魔物達を統率しているらしいコリックに向かって、メランは指示を出したようだ。
すると、ほんのわずかな後、アシュレイが膝をついた。
「う、うぅ……」
「アシュレイ!!?」
「ははっ、さーて。人間達は、これにも対抗できるかなぁ」
嗜虐的な笑みを浮かべるメラン。
どうやら、魔物達に限界を超えた瘴気を与え、力を引き出しているらしい。
だが、それは諸刃の剣だ。
強い力が与えられれば、肉体にも大きな負荷がかかる。
事実、魔物達の苦痛は、アシュレイをもこんな風に苦しめている。
「止めてくださいまし!! このままじゃ、アシュレイが……」
「黒の王には、その"痛み"にも慣れてもらわないとね。さあ、蹂躙しろ!! 魔物達よ!!」
狂ったように笑い続けるメランの姿に狂気じみたものを感じる。
200年に渡る復讐心は、彼の精神を確実に蝕んでいた。
やはり、ここに長くいるべきではない。
隙を見て、アシュレイと一緒に逃げられないか……。
そうは思うものの、躊躇する気持ちも強かった。
女神に言われた5日後は、まだ今日ではない。
待つしかないのか……。
アシュレイの苦しむ姿を見ながらも、何もできない僕は、悲痛な表情でその肩を抱き続けたのだった。
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