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302.くっころメイド、先陣を切る

「やっぱり、魔物はあまりいないですね」


 キョロキョロと周りを見回しながら、ルーナ様がそう呟く。

 すると、隣を歩いていたルカード様が、それに応えるように頷いた。


「エリアス様の予想通り、魔物は平原側に集められてるようですね」

「これなら、姉様の元までかなり早く到着できるかも。姉様のいる場所は、こいつのおかげでわかるしね」

「ぴぽ!」


 ルーナ様の腕の中、任せろ、と言わんばかりに胸を張るのは、ミア様が飼っていらっしゃるもぐぴー。

 この魔物はかつてセレーネ様に浄化されて以降、精霊に近い存在になっている。

 その関係かどうかはわからないが、どうやらこの子にはセレーネ様のいる方角がわかるらしく、道案内役を任されていた。

 右も左もわからない森の中だ。このもぐぴーの存在は、私達にとって、一筋の光明と言えた。


「瘴気の方も、影響はなさそうですね」


 黒の領域にはびこる瘴気は、魔力を使用できなくするとともに、長時間晒され続ければ、人間すらも魔物に変えてしまう効果がある。

 しかし、今回は白の魔力を扱えるようになったルーナ様が同行して下さった事で、まるで私達を避けるように、周囲の瘴気が浄化されていた。


「これならば、戦闘になっても、魔力を扱うことができそうです」

「ああ。だが、仮に使えずとも、俺がなんとかする」


 レオンハルト様は、戦闘において魔力を使わない。

 仮にルーナ様がいなくても、短時間であれば、黒の領域でも最大のパフォーマンスを発揮することができる。

 そんな事が可能なのは、レオンハルト様をおいて他にいないだろう。

 と、小走りに森を駆け抜けているその時だった。


「この音は……」


 バタバタと鳥が羽ばたくような音が、耳に届く。

 そう思った時には、空中を不気味な長い耳をしたコウモリが埋め尽くしていた。


「どうやら、全ての魔物が戦場に駆り出されているというわけではなさそうだな」


 そう言いつつ、剣の柄に手をかけるレオンハルト様。

 だが、その前に私は一歩レオンハルト様の前へと進み出た。


「アニエス?」

「ここは私が。レオンハルト様は、我々の最大戦力です。本当に必要になるまでは、体力を温存していて下さい」

「……わかった。ここは任せる」


 それだけ言うと、レオンハルト様は両の腕を組んだ。

 同時に、私は鼠径部に巻き付けていた蛇腹剣を抜き放つ。


「魔力を使えるならば、この程度の魔物に後れを取ることはありません」


 全身に紅の魔力を巡らせながら、私は強く大地を踏みしめると、しならせた蛇腹剣を振り抜いた。

 鞭のようになった剣身が、一振りで十匹以上のコウモリ型魔物を瘴気へと還す。

 元々、私の剣は対多数を得意とする。

 空を飛んでいる魔物であろうと、数に物を言わせてやってくるタイプのものであれば、一気に仕留めることもできる。


「一網打尽と行きましょう」


 噛みついてくるコウモリたちの攻撃を躱しつつも、何度も剣を振るう。

 その度に、複数の魔物を斬り裂く手応えが手に伝わった。

 セレーネ様を取り戻すために振るう剣。

 必然、いつも以上に気合の入ったその太刀は、ほんのわずかな時間で、魔物の大群を退けていた。


「す、凄いです!! アニエス師匠!!」


 無邪気に喜ぶルーナ様。

 そう言えば、本気で剣を振るうのを彼女が見るのは、初めてだったかもしれない。

 汚れを振り払いつつ、私は再び鼠径部へと剣を巻き付けた。


「やはり、強力な魔物は残っていないようです」


 戦場へと駆り出されなかった魔物に、それほど強いものはいない。

 今の戦闘だけでも、それが確認できた。


「そのようだな。魔物の襲撃は気にせず、とにかく突き進むとしよう」

「はい!!」


 こうして、再びセレーネ様の元に向かって走り出した私達。

 しかし、そんな私達を阻んだのは、魔物以外のものだった。


「これは……」


 鬱蒼とした森が拓け、暗い雲に覆われながらも、わずかな光が私達の元へと降り注ぐ。

 目の前に広がっていたのは、かなりの大きさの湖だった。

 対岸までは、ジ・オルレーンの川幅よりも距離があるかもしれない。


「湖……いや、沼という雰囲気ですね」

「すごい泥水。泳ぐのは無理ですよね。回り道するしか……」

「だが、この大きさだ。回り道するとなれば、かなりの時間がかかる」

「レオンハルト様。ここは僕に任せて下さい」


 そう言うと、フィン様は碧の魔力を解放し、目の前で2メートルほどもある巨大な氷の板のようなものを作り出した。


「皆さん、この上に乗って下さい」

「なるほど、そういうことか」


 すぐに理解したらしいレオンハルト様が、氷の板の先頭に腰を下ろす。

 それを見た他の面々も同じくレオンハルト様の後ろに座り、最後にフィン様が最後尾に立ち乗りした。


「それじゃあ、行きます!!」


 そうして、フィン様が再び魔力を発現させる。

 生じさせたのは、風。それを後方へと叩きつけるように吹き付ける。

 動力を得た氷の塊は、湖面へと飛び出すと、馬車をも凌ぐ速度で前進し始めた。

 

「すごーい!!」


 ルーナ様が無邪気に喜んでいる。

 頬を切る風が、私の長い髪を揺らす。

 この調子なら、すぐに対岸までたどり着けるだろう。


「さすがです。フィン様。これならば、かなりの時間短縮に──」


 賞賛の声を漏らしたその時だった。

 湖面が揺らいだかと思うと、目の前にまるで山のような巨大魚が姿を現した。

 瞳が退化しているのか、落ちくぼんだ眼孔が不気味なその化物は、身体を揺らすようにして、こちらへと敵意を向けている。


「え、えっ、ど、どうしましょう!! このままじゃ、ぶつかっちゃいます!!」

「くっ、一度ストップして……」

「いや、そのまま進め」


 淡々とそう伝えたレオンハルト様は、悠然と立ち上がると、聖剣を鞘から引き抜いた。

 その姿を見たフィン様が、覚悟を決めたような頷く。


「信じています。レオンハルト様」


 背中越しに左手の親指を立てたレオンハルト様は、聖剣を大上段に構えた。

 そして──


 ──スパン


 拍子抜けするほどに、静かな音が湖に響く。

 音が止まったかのような静寂にわずかばかり遅れて、真っ二つにされた巨大魚は、大きな音を立てながら湖へと沈んで行った。


「待っていろ。セレーネ」


 開けた湖上の空の先に見えるは、黒の大樹。

 聖剣の切っ先をそちらへと向けたレオンハルト様は、万感の思いを籠めるかのように、そう呟いたのだった。

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