300.米っ娘、王子達を見送る
最初は、ただただ家格の高い彼女に取り入ろうと思っての事だった。
アインホルン領は碧の国の中でも最も南端の辺境にある。
人口も少なく、他の領から見ても、"田舎"であることはどうしても否めなかった。
家格だけ見れば、それほど低いわけではなかったが、社交界に出ても、誰も私と友達になってくれる者はいなかった。
辺境の田舎娘。それが、他の貴族令嬢達から見た私の評価であり、私自身もいつしか自分の事をそう位置づけていた。
私は、一人でいたくなかった。
都会的なファッションを研究し、髪型も最先端のトレンドを取り入れた。
それでも、一向に友達はできない。
そうして、いきついた先が、公爵令嬢であるセレーネ・ファンネル様に取り入ろうという発想だった。
一言でまとめれば、それは打算。
高名なファンネル公爵家の令嬢セレーネ様に取り入れば、私もきっと都会的で華々しい貴族令嬢であると認められると思ったのだ。
だから、他の令嬢達に先んじて、セレーネ様へとアプローチを始めた。
だが、すぐに自分の小賢しい考えなどは、どこかに行ってしまった。
なぜなら、肩書だけでなく、セレーネ様こそ私が理想とする貴族令嬢そのものだったのだ。
見た目の美しさは言わずもがな、立ち振る舞いやその高位貴族らしからぬ大らかで優しい性格に、私はすぐに虜にされてしまった。
それからは、他の令嬢達の事など、もうどうでも良くなってしまった。
セレーネ様と仲良くなりたい。
貴族的な駆け引きなどどうでもよくて、もう彼女に気に入られることこそが、いつしか私の第一義になっていた。
学園に入学してからも、それは同じだった。
でも、あの平民と出会ってからは、それも少しずつ変わっていって……。
それからの1年間は、本当に夢のような時間だった。
セレーネ様のご実家にお呼ばれしたり、一緒にお米を作ったり、演劇の舞台に出てみたり。
かけがえない時間は、セレーネ様に対する想いをますます強くしていった。
そう、だから……だからこそ、目の前でセレーネ様が姿を消してしまった時、私はショックのあまり膝から崩れ落ちていた。
少し前まであった平穏な日々。
それが音もなく壊され、半身が抉られてしまったかのような恐怖感に、心がギシギシと軋みを上げていた。
もうセレーネ様の存在は、私という人間の一部になってしまっていたのだ。
同時に、攫われてしまったセレーネ様の事を想うと、食事も喉を通らぬほどに胸が痛んだ。
エリアス様が、セレーネ様を救出するという話をされた時は、一縷の希望に縋る思いだった。
そして、作戦の一部として、自分にも役割を貰えたことが心底嬉しかった。
何の力もないただの一介の伯爵令嬢である私にも、セレーネ様のためにできることがある。
ほんの些細な事でも、それを全力でこなそうと私は決めた。
お父様とエリアス王子を引き合わせ、領地の地図とにらめっこをしながら、侵攻作戦の行軍路を検討したり、領民に協力を仰ぎ、兵隊さん達のための大規模な炊き出しを行ったりもした。
微力ではあるが、自分自身にできることはなんでもやってきたつもりだ。
そして今、私は、自分にできる最後の仕事に取り組んでいた。
「ここが、その入り江ですわ」
アインホルン家が所有する小型の帆船を係留し、降り立ったのはほんの小さな入り江だった。
ここは、すでにアインホルン領の外、黒の領域の南側に位置し、兵達さん達が戦っている平原側とはちょうど逆の位置にあたる。
代々黒の領域を監視する役目にあるアインホルン家。
200年以上の時が経ち、形骸化した部分もあるにせよ、この入り江の存在は、遥か昔から代々一家の主に伝わっていた。
お父様からこの場所の存在を伝えられた私は、道先案内として、5人のメンバーをここへと連れてきた。
レオンハルト様、フィン様、ルカード様、アニエスさん、そして、平民……いや、ルーナだ。
彼らは今から、このわずかなメンバーで、黒の領域へと足を踏み入れるのだ。
「ルイーザちゃん。ありがとう」
「別に平民のためではありませんわ。私は、私に出来ることをしようと思っただけです。でも……」
感極まった私は、ルーナの手をグッと握った。
「必ず、セレーネ様を連れ戻して下さいまし……!!」
一度グッと目を細めたルーナは、ゆっくりと息を吐きながら、コクリと頷いた。
「うん。任せておいて。絶対に……絶対にセレーネ様を、取り戻してみせるから」
確かな決意を感じるその言葉。
ここから私ができることはない。
だから、想いを託すように、私はもう一度だけグッと彼女の手を握った。
「ルイーザ嬢。俺達は必ず、セレーネを連れ戻す。だから、安心して待っていて欲しい」
「はい……レオンハルト様」
セレーネ様の婚約者であらせられるレオンハルト様にも、また確かな覚悟が感じられる。
灰燼に帰そうとも、セレーネ様を取り戻す。
エリアス様が作戦を提案した時に言ったレオンハルト様の言葉は、決して嘘ではないのだろう。
あとは、皆様に託すほかない。
レオンハルト様を先頭に、一行が森へと歩き出す。
「じゃあ、行って来るね」
最後にそれだけ言ったルーナもまた、こちらへと背を向けて、レオンハルト様の後をついていった。
一人になった私の脳裏に、セレーネ様の姿が浮かんだ。
おいしいと言って、私の作ったおにぎりを食べてくれたセレーネ様のあの笑顔が、ずっとずっと私の瞼にこびりついている。
私にできるのはここまで。
だから、ここからは、ただひたすらに祈りを捧げよう。
レオンハルト様達の背中を見送りながら、私は天に向かって、両手の指を結んだのだった。
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