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298.お兄ちゃん、涙を流す

「こうして、黒の王は平和への願いも空しく、滅ぼされたってわけ」

「そんな……」


 なんて救いようのない話なのだろう。

 お互いを想い合っていたにも関わらず、自身の持つ魔力ゆえに交わることのできなくなった二人。

 そんな二人が最後には戦い、そして、一方は帰らぬ人となった。


「そこに至るまでに、話し合うことはできなかったのでしょうか……」

「無理だね。紅と碧の奴らは昔からそうさ。自分の事を正義と信じて疑わない。その傲慢さにはいつも反吐が出る」

「だとしても、聖女セフィーラは」

「聖女だって同じさ。結局は、最後は他の男に媚びたのさ。だから、躊躇なく黒の王を殺す手助けをした」


 本当にそうなのだろうか。

 初代聖女様が本当に黒の王を愛していたとすれば、彼女の目的は……。


「どうだい。世の中の理不尽さが少しはわかったかい?」

「メランは……あなたは、黒の王とはどういう関係ですの?」

「俺は、ノワール様配下の一番の下っ端さ。そして、唯一、ノワール様の最期を看取った男でもある」


 辛い思い出を振り払うように少しだけ頭を振ったメランは、ふぅと、息を吐いた。


「良い人だった。誰よりも優しくて、誰よりも頼りになって、そして、誰よりも……。でも、全て壊した。紅が、碧が、白が。だから俺は世界への復讐を誓ったんだ」

「メランは、200年以上もの間、生きてきたとでも言うんですの?」

「そうだよ。最期の瞬間、俺はノワール様から力を託された。不老不死の力。恨みを力に、俺はこの200年を生き抜いてきた。いつしかこの恨みを晴らすために。そして、いよいよ俺の願いが叶うときが来たってわけさ」


 空になったワインボトルを無造作に虚空へと放り投げるメラン。

 ボトルが割れる小さな音が、暗い闇の中にやけにはっきりと響いた。


「それにね。ノワール様の肉体は滅んだけど、まだ、その意思は消えたわけじゃない」

「黒の大樹……」


 思わず口を吐いた言葉。

 それを聞いて、メランが口角を上げた。


「やっぱり見ていたんだね。聖女候補様」

「あ、それは、その……」

「構わないさ。そう、ノワール様の意思は、黒の大樹に宿っている」


 喉の奥を笑わせながら、彼は言葉を続ける。


「ノワール様の恨みの念は、瘴気となって今も黒の領域を満たしている。見てもらうんだ。ノワール様に。偽りの友好じゃなくて、真の平穏を手にした、この世界を!!」


 高らかに宣言するメラン。

 それきり、彼はこちらへと二度と視線を向けることはなく、ただただ虚空に向かって喉を震わせていたのだった。

 まるで月へと吠える孤独な狼のように……。




 メランが語った黒視点での歴史。

 それが100パーセント真実であるかを判断する術はない。

 だが、メランが持つ恨みの気持ちだけは、偽らざるものだった。

 彼は、先代の黒の王であるノワールを心の底から敬愛していた。

 だからこそ、彼を殺した紅や碧、そして、彼を裏切った白を許すことができないのだろう。

 その上、黒の王が滅んでから、200年以上もの間、大陸は平和で在り続けた。

 そのこともまた、彼の精神を逆なでしたのかもしれない。

 黒を除外して得た平穏な生活。

 誰もが、それを享受する中で、彼自身が感じていた疎外感は計り知れない。


「本当に、理不尽ですわね……」


 どこに向けたら良いのかもわからない感情。

 怒っていいのか、悲しんでいいのか、それとも、苦しんでいいのか、それすらもわからない。

 ただ……。


「あっ……」


 いつしか、自分が涙を流していることに、僕は気づいた。

 どうしようもない虚しさ。

 それが涙という形になって、僕の頬を流れ落ちて行く。

 その粒が虚空へと零れたその時だった。

 零れ落ちた雫を、誰かが手で掬った。


「……アシュレイ?」


 それはアシュレイの手だった。

 寝ていたはずの彼が、なぜか僕の目の前に立っている。


「ママ。大丈夫。怖い夢でも見たの?」


 心配そうな表情で、僕の涙を拭うアシュレイ。

 そんな彼の行動一つで、なんだか胸がジーンとなる。


「ありがとう。アシュレイ。もう大丈夫ですわ」

「そっか。良かった」


 そう言って僕の方へとにっこり微笑む。

 彼のこの優しさも、もしかして、先代の黒の王から受け継いだものなのだろうか。

 そこまで考えた時に、頭の中に何かが引っ掛かった。

 黒の王ノワールの意思が黒の大樹に宿っているとすれば、なぜ、アシュレイという第2の黒の王が必要だったのだろう。

 彼が大樹から生み出された理由は、いったい……。

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