293.お兄ちゃん、聖女の参戦を知る
マントをなびかせながら、メランが立ち上がり、こちらへと視線を向けた。
一瞬、意識が思考へと埋没していた僕は、隠れる事すらできなかった。
扉の前で立ち尽くす僕を見て、メランが瞳を見開いた。
不味いことを聞かれた、そんな反応だ。
「聖女候補様、今の話……!!」
「え、えっと……」
激昂した様子のメラン。
全身から黒の魔力が吹き上がり、僕は思わず1歩後ずさる。
腕輪で魔力を制限されている今、解放された彼の強力な黒の魔力が皮膚を焼く。
思わず、うめき声をあげそうになる僕だったが、すぐにその前に何かが立ち塞がった。
「コ、コリック……」
「落ち着け、メラン」
メランの放つ黒の魔力から僕を護りつつ、コリックは冷静な声色で話しかけた。
「私とセレーネは今、ここに来たばかりだ。何も聞いていない」
「……本当だろうね」
「ああ、誓って」
それを聞くと、メランの身体から黒の魔力が霧散した。
恐ろしいほどの魔力だった。
あれが、彼の本気だとしたら、あるいはレオンハルト達が束になっても、敵わないかもしれない。
いや、それよりも……。
ふと、コリックの横顔を眺める。
普段通りの鉄仮面。
何を考えているのかはわからないが、どうやら彼は助け舟を出してくれたらしい。
心の中で感謝をしつつ、一緒にいたということに違和感がないように、僕は気持ち少しだけ彼の傍へと寄った。
い、いや、別に、メランの魔力にビビってるわけじゃないから。
「こんな夜更けに夫婦で城内デートかい? 随分仲睦ましいじゃないか」
「そんなものではない。ただ、少し黒の王の教育方針について、意見を交わしていただけだ」
「まるで、本当のパパじゃないのさ……」
毒気が抜かれたように普段の飄々とした雰囲気へと戻るメラン。
「まあ、そのごっこ遊びももうそろそろってとこだけどね。準備の方は?」
「大方、整った。魔物達も適切な配置が済んでいる」
「開戦は?」
「2日後の未明、といったところだろう」
いよいよ戦争が始まる。
どれほどの規模のものになるかは、僕には想像もつかないが、小競り合い程度のものにはならないことは明白だ。
「随分急いだね。まあ、2カ月で用意できる程度の戦力なら、訳ないでしょ」
戦争が始まると聞いても、メランの余裕は揺るがない。
こちらの戦力をそれだけ評価しているのか、はたまた相手の戦力を低く見積もっているのか。あるいはそのどちらもかもしれない。
余裕を見せるメランに対して、コリックの方は、決して油断を見せない表情でこう言った。
「聖女らしき姿が確認された」
「……へぇ」
ニヤリと、メランが微笑む。
現役の聖女様が、戦争に参戦される……?
カーテン越しに見た、あの儚げな姿が思い出される。
現役の聖女であるローラ様はすでにおばあさんと言ってもよいくらいの高齢だ。
その上、体調の方も、決して万全とは言えない。
確かに、聖女様の強力な白の魔力なら、魔物を弱体化させたり、味方が瘴気に侵されるのを防ぐことも可能かもしれないが、それにしたってかなり思い切った事をしたと言える。
「くっくっくっ……。まさかクイーン自ら出張ってくるとはねぇ。弱点を晒してくれるなんて、こっちとしては、むしろ好都合だけど」
「それだけ相手も本気だということだ。油断はできない」
聖女様にもし何かあれば、その時点でゲームオーバー。
初代聖女様から受け継がれてきた白の根源は失われ、大陸は黒の大樹の放つ瘴気に飲み込まれる。
そのリスクを侵してさえも、今回の戦いに、三国は全ての力を注ぐつもりであるということ。
今ならば、女神の言ったこともわかる。
この戦いは、まさに決戦。
改めてその重みを感じ、僕はごくりと唾を飲み込んだ。
「君をきっかけに凄いことになったねぇ」
緊張で顔をこわばらせていると、それを茶化すように、メランが笑いかけてきた。
「たくさんの人が死ぬかもねぇ。でも、それも仕方ないかぁ」
ヘラヘラと笑いながら彼は僕の横を通り過ぎると、カツカツと靴を鳴らしつつ暗い廊下を歩き去って行った。
嫌味のような口調だったが、彼が言っていることは決して笑い飛ばせるものじゃない。
戦争が始まれば、多くの人が傷つくだろう。
それを思うと、心臓がキュッと縮こまるような想いだった。
と、自然と拳を握りしめていた僕の頭に、ポンと手が乗せられた。
「気にするな。この戦争は遅かれ早かれ必然だったものだ。お前はたまたまきっかけになったに過ぎん」
慰めるような言葉をともに、ポンポンと頭を軽く叩くと、彼はメランよろしく暗い廊下を歩き去って行く。
思いがけず優しい言葉をかけられて、ポカーンとしてしまう。
えっと、コリックってこんなキャラだったっけ……。
戦争に際して、彼にも何か思うところがあるのだろうか。
呆然と遠ざかっていく背中を眺めていると、ふとひんやりとした空気が首筋を撫でた。
まだ、謁見の間の扉が開いたままだった。
一応は閉めて帰ろうと振り返ったその時、あの黒の大樹が眼に入る。
唸るような音は、もう聞こえない。
だが、静けさの中、ジッと佇むその姿におどろおどろしいものを感じた僕は、そそくさと扉を閉めると、慌ててコリックの後を追って、その場を離れたのだった。
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