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291.お兄ちゃん、息子を抱きしめる

 アシュレイに自分の出生についての真実を話した。

 いつかは話さなければいけないと思っていたこと。

 だから、話したこと自体に後悔はない。

 それでも、話した後の彼の様子が、僕は気になって仕方なかった。

 自分が親だと思っていた人物が、まさかその役目を持たされただけのただの聖女候補で、しかも、自分に白の魔力への耐性をつけさせる目的で攫われてきたという事実を知って、彼はどう思ったのだろうか。

 表面上は普段と変わりない様子のアシュレイ。

 だが、確かな違和感を僕は感じていた。


「あの、アシュレイ……」


 いつもと変わらず読書に興じる彼に、僕はおそるおそる話しかける。


「何、ママ?」


 持っていた歴史に関する本を閉じると、彼はこちらへと視線を向ける。


「まだ、私の事をそう呼んで下さいますの?」

「ママが嫌だったら、ちゃんとセレーネさんって呼びますけど」

「とんでもないですわ!!」


 思わず反射的に大きな声が出てしまう僕。

 他人行儀な"セレーネさん"という響きが、どうにも気持ち悪くて仕方なかった。

 ずっと育ててきた……といってもほんの2カ月足らずの期間ではあるが、それでも、生活のほとんど全てをかけて世話をしてきたのは僕だ。

 最近では、ほとんど手がかからなくなってむしろ寂しさを感じていたこの頃合に、そんなよそよそしい呼び方をされてしまっては、ますます寂しくなってしまう。


「騙すような形になってしまったことは、本当に申し訳なく思っていますわ。でも……」

「わかってる。ママを勝手にママだと認識していたのは僕みたいだし。ママが謝る必要なんてないよ」


 そう言いながら、ニッコリと笑みを浮かべるアシュレイの姿に、思わず胸が熱くなる。

 いや、本当に良い子に育ってくれた。


「むしろ、年頃の女の人に、ママなんて呼ばせてもらっていいのかなぁ……とか」

「全然構いませんわよ!! むしろ、望むべくですわ!! フンスフンス!!」

「ママ、圧が凄い……」

「それにしても、そんな心配までできるようになったのですわね」


 相手を慮る心。

 メランにもコリックにも欠けているそれをこの子はすでに持っている。

 自分でも驚くくらい、真っすぐな好青年に、アシュレイは育ちつつある。

 彼ならば、本当に黒と他の国々の対立を終わらせられるような、大人物になれるかもしれない。

 息子の成長に感動し、胸を熱くしていると、当の息子が、なぜか少しだけ僕から視線を外した。


「アシュレイ?」

「あ、その……でも、ママと呼ぶのは、もう少しだけにさせてもらいたい、かな。僕もその……」

「ええ、わかっていますわ」


 僕が年頃であるのと同様に、アシュレイもまた肉体的には思春期に入った頃合だ。

 今は周りに同年代の子がいないから、あまり気にならないかもしれないが、やはりいつまでもママ、ママ、と呼ぶのには抵抗が出てきたのだろう。

 思えば、自分も前世では、同じような経験をしたものだ。

 アシュレイが僕の事を慮ってくれるのと同様、僕も彼のそういった面には、配慮してあげないといけないだろう。少し寂しくはあるけど。


「アシュレイが思うタイミングで、呼び方は変えていただいても構いませんからね」

「ありがとう。ママ」


 心から嬉しそうに、彼は再び微笑みを浮かべた。

 そんな満面の笑みを真正面から見たその瞬間だった。

 首筋に何か電流のようなものが走った。

 怖気とは違って、嫌な気はしない。

 これって、もしかして……。

 いや、息子に対して、少しでもそんな感情があるわけ……。


「どうしたの、ママ? なんだか顔が赤いけど」

「な、な、なんでもありませんわ!! 大丈夫ですから!!」

「そう?」


 少しだけ幼さを感じる動作で、首を傾げたアシュレイだったが、すぐに彼はわずかに目を細めた。


「ママは……元いた場所に帰りたくはないの?」

「えっ……?」


 それは、アシュレイが初めて見せる顔だった。

 申し訳なさと憤りが入り混じっているような、どこか複雑な表情。

 意外な質問に、言葉を返せずにいると、彼は再び口を開いた。


「僕のために連れて来られたんでしょ? それも、無理矢理」

「それは……そうですが」


 確かに、連れて来られた経緯については、理不尽極まりないものだった。

 でも……。


「今は、あなたのママになれたことを嬉しく思っています。だから、あなたが責任を感じることはないのですよ」

「それでも、やっぱり……」


 ああ、なんて優しい子なんだろう。

 理不尽と言えば、彼の出生こそ、一方的に仕組まれたどうにもできないものだろうに。

 なんだか、愛しさが溢れ出てるようで、僕は気づくと、彼の身体をギュッと抱きしめていた。

 もう僕より数センチ程度しか背の低くない彼だ。

 意外なほど近い距離にある彼の頬は、母親代わりからのスキンシップへの恥ずかしさからか、朱に染まっていた。


「マ、ママ……」

「アシュレイ、いつかきっと私が、あなたを解放して差し上げますわ」


 それこそが僕の願いだ。

 最初は、彼を立派な黒の王に育て上げて、戦争を止めることに協力して欲しかった。

 だが、今は少し違う。

 立派な若者に育って欲しいという気持ちは同じだが、その上で、彼には広い世界に出て、自由に生きてもらいたかった。

 これが親心というやつなのだろうか。

 息子に幸せに生きて欲しい。

 そんな確かな想いが、僕の胸の中には、じんわりと広がっていたのだった。

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