288.お兄ちゃん、戦乱を呼ぶ
「コリック。なんだかお疲れのようですが」
おそるおそるそう声をかけると、彼は眼鏡の位置を直しながら、こちらへと視線を向けた。
「……大丈夫だ。問題ない」
「あー、コリックは、来る戦争に向けての準備に忙しいからねー」
「戦争……!?」
その言葉を聞いた瞬間、ハッと僕の頭にエリアスが参考にしていたとある計画が思い浮かんだ。
『黒の領域への侵攻についての計画案』
確か、そんな名前だったはずだ。
まさか、僕を救出するために、エリアスはそれを実行に移すつもりなのだろうか。
「もしかして、私を助け出すために……」
「そうだろうねぇ。紅と碧、そして、白が一丸となって出兵してるみたい。愛されてるねぇ、聖女候補様」
私個人を助けるために、なんて規模の戦いを興すつもりなのか!?
いや、確かに僕は3つの国全てと関係が深い。
碧の国の筆頭貴族の娘であり、紅の国の王子の婚約者であり、さらには白の国の次代の聖女になるかもしれない候補者だ。
三国それぞれに、僕を取り戻さなければならない理由があるわけだが、それにしたって……。
聖女になったわけでもないというのに、優愛の言っていた戦乱エンドが脳裏にちらついて、頭から血の気が引いてくる。
「準備をしてるとおっしゃっていましたが、それは……」
「何? 情報を引き出そうとしてる?」
「そ、そういうわけでは……」
「まー、いいよ。別に聖女候補様に何ができるわけでもないしねぇ」
ニタニタと笑いながら、メランは語る。
「相手方の前線基地の情報は掴んでる。アインホルン領ってところだね。となると、侵攻してくるのは東側の大森林。コリックはそこに魔物達を集めているのさ」
「魔物を……」
人間のように理性的な行動をしているわけではない魔物達。
どうやって彼らに指示を出しているのかはわからないが、コリックは魔物達を戦場に出すための準備をしているようだ。
そして、その戦場はアインホルン領側になる。
まさか、ルイーザの地元の名前をここで聞くことになるとは……。
考えてみれば、辺境にあるアインホルン家が伯爵の地位にあるのは、もしかしたら、かつては黒の領域を監視する役目を持たされていたからなのかもしれない。
今でこそ、黒の領域があることが当たり前になっているが、それができた当初は、そういう役割を与えられた家があっても不思議じゃない。
なんにせよ、ルイーザは髪型が特徴的なだけの普通の女の子だ。
僕を助けようと、無理をしないでいて欲しいものだけど……。
「ねぇ、コリック。やはり話し合いで解決することはできないのでしょうか」
魔物達と戦うことになれば、多くの人が傷つくことになるだろう。
死人だって出る。
そんな戦いのきっかけに、自分自身がなってしまっているという事実に、僕はどうにも耐えられそうになかった。
「無理だ。黒と他の国は相いれない」
頑ななコリック。
だが、それは、コリックの本心というよりは、どこかメランの気持ちを代弁しているようにも感じられた。
メランの口角は上がりっぱなしだ。
彼は、むしろ、この戦いを望んでいるかのようだった。
「気に病む必要はないよ、聖女候補様。君の事があったにしろ、無かったにしろ、いずれはこうなる運命だったんだから」
マントの中からあの忍刀のような長ナイフを取り出すと、メランは高揚する気持ちを表すかのように、それを2,3度振った。
「もうすぐ、もうすぐだ……。あー、楽しみだなぁ~!!」
恍惚とした笑みを浮かべるメラン。
一体彼の頭の中には、どんな凄惨な未来が思い描かれているのだろうか。
下手に彼を刺激する発言もできず、僕は黙ったまま視線を落とした。
戦争がいつ始まってしまうかはわからない。
しかし、あまり猶予がない事はわかる。
再び視線を上げた僕は、大人達の話など我関せず、夢中でケーキを頬張るアシュレイを眺めた。
残された希望は彼だけだ。
彼が正式に黒の王を襲名し、和平の道を模索してくれたならば、誰も傷つかずに解決できる可能性だってある。
そのためには彼には早く成長してもらわなければならないが……。
それはそれで、なんだか少し抵抗があった。
単純な親心の視点で見れば、彼にはもっとゆっくりじっくり成長して欲しい。
でも……。
二律背反な気持ちが広がる胸を掻き毟る僕。
何も知らないアシュレイだけが、小首をかしげて、僕らの方を見つめていたのだった。
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