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282.碧の王子、手掛かりを見つける

「なぜ、止める!! エリアス!!」


 それはセレーネ様が黒の使者達に連れ去られてしまった翌日の事だ。

 失意のどん底の中、それでもこれからどうするべきなのかを話し合おうと集まった僕ら。

 貸し切った学園の会議室へと、アニエスの肩を借りつつも入室してきたレオンハルト王子は包帯塗れだった。

 無理もない。

 ドラゴンのブレスの直撃を受け、遥か上空から落下したのだ。

 幸い、森の木々がクッションになって、地面に直接叩きつけられることだけは避けられたものの、受けたダメージは計りしれない。

 それでもセレーネ様がいたならば、癒しの力で彼の傷も癒せたことだろうが、今はまさにその本人が僕らの前から姿を消してしまった。

 そして、そんな彼女を救うべく、彼はボロボロの身体を引きずって、病院からこの会議室まで無理矢理歩いて来ていたのだった。


「怪我などさしたる問題ではない。俺は、例え灰燼に帰そうともセレーネを救いに行くぞ」


 聖剣を腰に提げ、燃えるような瞳で僕を睨みつけるレオンハルト王子。

 彼は確かに強い。

 なにせ王子でありながら、あの剣戦を優勝してしまうほどの実力者だ。

 だが、いかに強くとも、王子一人でセレーネ様を救出に向かわせるのはあまりにも無謀。


「無理です。レオンハルト様」


 努めて冷静な口調で僕は告げる。


「無理ではない!! セレーネが捕まっているのは、間違いなく黒の領域だろう。俺ならば、たとえ魔力を使えない黒の領域だろうと、力で押し通れる!!」

「確かに魔力無しで確かな剣の実力を持っていらっしゃるレオンハルト様なら、それも可能かもしれません。ですが、黒の領域は広い。瘴気に中てられ、肉体や精神を蝕まれる可能性は十二分にあります。最悪の場合、魔物になる可能性も」


 黒の領域を進むことは困難極まる。

 あえて口にせずとも、レオンハルト王子は理解しているはずだ。

 それでも動かずにはいられない彼の心情を思いつつも、僕は淡々と事実を積み上げる他なかった。


「俺はどうなっても構わん!! 身体を完全に蝕まれる前に、セレーネさえ助け出せれば、それでいい!!」


 血が出るほどに拳を握りながら、彼は叫ぶように言う。

 今回の件で、誰よりも責任を感じているのは、間違いなく彼だった。

 婚約者として、一人の騎士として、セレーネ様を守り通すと誓っていたにも関わらず、力及ばず、彼女を敵の手に渡してしまった。

 同じく護衛としての任についていたアニエスも含め、二人の心中は察するに余りある。

 とはいえ、それは、僕も同じだ。

 コリックが怪しいと警戒しつつも、結局彼らの策略の前に、何もすることができなかった。

 だから……。


「お気持ちはわかります。ですが、セレーネ様を救うためというならば、今は動くべきではないと、僕は考えています」

「動くべきではない、だと!? エリアス、お前はセレーネがどんな思いをしても構わないというのか!!」

「そうは思っていません」

「だったら、なぜそんなことが言える!! セレーネが今、どんな思いでいるか……。それを考えれば、決してそんなことは……!!」


 胸倉をつかまれ、グイっと引き上げられる。

 怒りに染まった彼の表情。

 それだけセレーネ様の事を想っている。

 そのあまりにも強い気持ちを真っ向から受けながらも、僕はそれに負けないくらいの意志を籠めて彼へと視線を向けた。

 昔だったら、こんな風に敵意を向けられたら、すぐに目を逸らし、諦めてしまったことだろう。

 自分の気持ちを押し殺し、ひらすらに現実から目を背け続けていた僕。

 でも、そんな僕に、"勇気"を教えてくれたのはセレーネ様だ。

 彼女に教えてもらった勇気を、今ここで出さずして、いつ出すと言うのか。


「レオンハルト様、聞いて下さい」


 決して屈することなく、レオンハルト王子の燃えるような瞳を真っすぐに見つめる。

 すると彼は、少し冷静になったように、ゆっくりと僕の首元から手を引いた。


「エリアス。お前は……」

「僕に考えがあります」


 レオンハルト王子だけでなく、その場に集まった全員に見えるように僕は一切れの便せんを掲げると、それを机の上へと置いた。


「なんだよ。ただの便せんじゃねぇか。何々……"己を信じろ"?」

「まさか、ここに来て、格言で俺達を説き伏せようというわけではあるまいな」


 疑問符を浮かべる仲間達に向けて、僕は告げる。


「これは、あの試験官が部屋に残して行ったものです」


 そう。

 セレーネ様が連れ去られた直後、僕は何かしらの手掛かりはないかと彼が利用していたあらゆる施設をくまなく調べた。

 しかし、ほとんどの場所は、まるで最初から使われていなかったかのように物が整理されており、彼が残した形跡は何一つ見つけることができなかった。

 諦めかけた僕が、最後の最後に見つけたのが、彼が頻繁に使っていたという面会室の机の中に入れてあったこれだった。


『己を信じろ』


 ただそれだけが書かれたほんの小さな便せん。


「この一文が、僕に確信をもたらしてくれました」


 両腕を机に着くようにして、僕は周囲を見回すと、言った。


「試験官コリック。彼は、僕らの味方です」

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