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028.お兄ちゃん、褐色男子に出会う

 それは、残りわずかな休養時間をゆったりと過ごしている時だった。

 アニエスとフィンが再び魚を捕りに出かけ、僕が一人パラソルの下で、寝転んでいた時、それは聞こえてきた。


「…………笛?」


 どこからか、風に乗って、ピーっという笛の音が聞こえる。

 いや、単純な音ではなく、これはメロディーだ。

 誰かが、笛で音楽を奏でているのだ。

 どことなく、懐かしさを感じる優しいメロディー。

 いったい、どこから……?

 気づくと、僕は、その音の出所を探して、砂浜をフラフラと彷徨っていた。

 海の方へ近づいていくと、ちょっとした入り江のような場所を発見する。

 どうやら、音はそちらの方から聞こえてきているようだ。


「行ってみるかな」


 なんとなく興味が湧いて、僕は入り江へと足を踏み入れた。

 このメロディーにどことなく聞き覚えがあったのだ。

 オーバーハングのようになった岩だらけの入り江を注意しながら進む。

 滑りやすそうなところもあるので、慎重にだ。

 ゆっくりと進んでいるうちに、やがて曲が途切れてしまった。

 もしかして、もう帰ってしまうのかな。

 急がないと、と思って少し歩調を速めた瞬間だった。

 水浸しの地面でサンダルが大きく滑った。


「うわっ!?」


 コケる!!

 と思った次の瞬間、誰かに強く腕を引っ張られていた。


「大丈夫か?」


 視線を上げる。

 うおっ、美少年。

 年齢は僕と同じくらいだろう。

 褐色の肌に黒い髪をした少年で、なにやらエスニックな民族衣装のようなものに身を包んでいる。

 明らかに異国人。

 いや、この見た目には心当たりがある。

 異国民街にいる人達と同じような特徴だ。

 サフラン人といったか。元々は、南の大陸にある砂漠地帯の民族だったはず。


「あ、ありがとうございますわ」

「いや、怪我をしなくて良かった」


 フッと口元を緩めた少年は、どこかミステリアスに微笑んだ。


「君のような可愛い娘が、肌に傷をつけてしまうのは、どうにも忍びないからね」

「え、えーと……」


 少年はグッと引き上げた僕の手を両手で優しく掴んでいる。

 うーん、どうやら、結構ナンパな性格?

 年齢的には、まだまがガキといっても良いくらいだというのに、なんともおしゃまなことで。

 いや、それは良いとして……。

 僕の視線は、彼の腰に下げられた笛に注がれていた。

 フルートのような見た目だが、やや大きく先端には羽根飾りのようなものがつけられている。


「なるほど、俺の曲が気になったか?」

「え、ええ。とても素敵な音色だったもので」

「そりゃあ、良かった」


 少年は、腰から笛を引き抜くと、バトンのようにクルクルと回した。


「俺の名前は、そうだな。ハンスとでもしておこうか」

「ハンスって……」


 ハンスとは、碧の国で最も一般的な名前だ。

 前世でいうところの山田太郎みたいな。

 いわゆるお約束の名前というやつ。

 見た目も明らかに異国人だし、まず間違いなく偽名だろう。


「うーん、でしたら、私は、セリィとでもしておきます」

「ふふっ、それじゃ、美しきレディ・セリィに一曲ご披露するとしましょう」


 茶目っ気たっぷりにウインクすると、笛を奏で始めるハンス。

 どことなく郷愁を感じさせる柔らかな音色。

 低くも高くもない、なんだか安心するようなその音に時折混ざる波の音が、まるでセッションを奏でているようだ。

 そして、やはり、この曲に聞き覚えがある。

 そうだ。この曲は……。


「メインテーマ!!」

「いきなりどうした?」


 僕が大きく声を上げたせいで、ハンスが演奏を止めた。


「あ、いえ、なんでもありません」


 そうだ。これは、かの『デュアルムーンストーリー~紅と碧の月の下で~』のメインテーマとなっている曲だ。

 妹のヘッドフォンからたまに漏れ聞こえてきたその調べが、耳にこびりついている。

 どこか、この世界の音楽とは違うと感じたのは、前世の曲だったからか。


「この曲知ってるのか?」

「え、そ、そうですね」

「俺のオリジナルの曲なんだが」

「えっ!?」


 しまった。この世界では、そういうことになっているのか!?

 いぶかしがられるかと思ったが、それきりハンスは、僕に問いかけることもなく、再び演奏の続きへと興じた。

 改めて聞くと、やはり耳に馴染む。

 この世界に来てから聞いた音楽は、クラシックだとかそういう曲が多くて、こういういかにもなゲームミュージックを聴くのは久しぶりだ。

 なんだか、柄にもなく、前世の事を思い出して郷愁に浸っていると、いつの間にか演奏が終わっていたのか、ふと少しだけ冷たい指が僕の頬に触れていた。


「感動しちまったか?」


 それはハンスの人差し指だった。

 そして、自分が知らないうちに涙を流していたことに気づく。

 音楽とは不思議だ。

 なんとも言えないなつかしさが胸を満たしている。


「は、はい……感動しました」

「そうか!!」


 キザッたらしく僕の涙を指で拭うと、彼は嬉しそうに、今度は年相応の眩しい笑顔を見せた。


「惚れてもいいんだぜ」

「いや、惚れるとかはちょっと……」

「遠慮しなくてもいいんだけどな」


 あくまで冗談めかしてそう言うと、彼は今度は、僕の顎へと手をかけた。

 一瞬ドキッとしてしまう。


「な、なんですか……?」

「お前さ。やっぱり滅茶苦茶可愛いな」


 彼は、真剣な瞳で僕の瞳を覗き込んでいる。

 ちょ、顔近い。

 この世界の顔面偏差値は、前世の世界よりも遥かに高い。

 そんな中でも、これまで屈指のイケメン達と出会ってきたわけだが、この少年には、また、ちょっと違った魅力があった。

 何より、こんなにグイグイと迫られるのは初めてだったので、さすがにちょっとだけ……ほんのちょっとだけ心臓がバクついてしまう。


「それに……」


 彼の視線が、少しだけ下へと滑る。

 見ているのは、僕の唇……?

 どことなく熱を帯びた視線。

 いや、も、もしかして……。

 でも、なんでだろう。

 身体が動かない。

 まさか、心まで少女になってしまったとでも言うのか……!?

 早鐘を打ち始めた鼓動を認めれないうちに、彼の冷たい指が、僕の唇に触れていた。

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[一言] ハンは非常に攻撃的です
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