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279.お兄ちゃん、さらに成長する

 そんな僕の料理を食べながら、コリックがぼそりと呟く。


「この味付けは、ジ・オルレーンの辺りのものか」

「あら、コリックはご存じですの?」

「まあな」


 それ以降話は続かなかったが、ナイフとフォークが止まる気配がないところを見ると、それなりに好みの味だったらしい。

 もしかして、黒に染まる前のコリックは、碧の国の出身だったのだろうか。

 その辺りの事は聞いてみたいところではあるが……。


「……何ですの?」

 

 気づくと、再び頬杖をつきながら、メランが僕とコリックのことを眺めていた。


「いや、何っていうか」


 ニヤリといやらしく笑いながら、彼は言った。


「そうやってると、本当にパパとママみたいだねぇ」

「なっ!?」


 さっきの話を蒸し返すようにするメランを思わず睨みつける。

 内心の動揺とは裏腹に、まるで同意するかのように、アシュレイがテーブルの上に立ち上がった。


「パパー! ママ―!!」

「アシュレイまで……」


 ママと呼ばれるのは別にいい。むしろ、嬉しい。

 でも、コリックとセットでパパママで呼ばれるのはちょっと……。


「ほらー、黒の王も喜んでんじゃん」

「アシュレイったら。ほら、食事も終わりましたし、お部屋に戻りましょう」

「いや、パ、パー!!」


 どうやら、コリックにまた高い高いしてもらいたいのか、彼は僕の腕から逃れようとする。


「あっ!!」


 その時、勢い余ったアシュレイが、机の縁の辺りでバランスを崩した。

 傾いでいく身体を反射的に飛びつくようにキャッチする。

 アシュレイを抱いたまま、背中から床に倒れ込もうとした僕だったが、その背をガッシリとした腕が支えてくれた。


「大丈夫か?」

「コ、コリック……。あ、ありがとうございます……」


 背中から抱き支えられるような形で、真上からコリックに見下ろされる僕。

 さっきの発言もあってか、なんだかその体勢はとても気恥ずかしく……。

 久しぶりに顔が熱い。それに鼓動も少しずつ速く……。

 

「あー、なるほど、そうやって男の子を墜とすんだねぇ。さすがさすが」

「はっ!!」


 一部始終をメランにニヤニヤしながら見られたことに思い至り、僕は慌てて立ち上がる。

 と、とりあえずアシュレイは無事だ。

 うん、良かった。

 良かった……が。

 ジトーっとした視線でメランを睨む僕。


「人聞きが悪い言い方は止めてくださいまし」

「事実じゃん」

「たまたまの偶然です!!」


 むきになって言い返す僕。

 そうさ。今までだって、故意にこんな事をしたことは一度だってないと断言できる。

 うん、"故意には"!!

 心の中で、強く反論を繰り返していたその時だった。

 

 ビシリ……。


「えっ……」


 何かの音が聞こえ、僕は右手を掲げた。

 音の発生源はすぐにわかった。

 右腕につけられた魔力を吸収する腕輪。

 その中央に嵌った宝玉に、小さいながらも真一文字にヒビが入っていたのだ。


「こ、壊れましたの……?」

「いや、壊れてはないけど、へぇ、そっか」


 どこか感心するような表情でメランは僕の腕輪に触れる。


「どうやら、魔力の許容量を超え始めたみたい」

「ど、どういうことですの?」

「君の魔力が、また成長してるってこと」


 つまり、この宝玉でも受け止めきれないくらいに、僕の魔力はさらに成長を遂げている、と。


「やっぱりドキドキしてるんじゃん」

「ち、ちがっ……!!」


 否定しようとすると、さらにピシリと、今度は真横に2本目の亀裂が走った。


「とりあえず、この腕輪は回収しとくね」


 肌に張り付くようにくっついていた腕輪が、メランが触れると面白いようにポロリと取れた。


「うわぁ、凄い量だね。これは、俺が耐性をつけるのに使わせてもらうとしようかな」

「えーと……」


 あれ、もしかして、腕輪が外れた今、僕は白の魔力を自由に発動できるのでは……。


「戦ってみる? 俺やコリックと」

「遠慮しておきますわ」


 僕はブンブンと首を横に振る。

 いかに魔力が使えるようになったとはいえ、この二人はレオンハルト並か、下手をするとそれ以上に強い。

 逃げるにしても、黒の領域を一人で突破するのは、到底不可能。

 この場所にいる時点で、腕輪のあるなしに関わらず、僕の自由は無いに等しい。


「賢明だねぇ。さて……と」


 ポケットにヒビの入った腕輪を入れたメランは、パンパンと手を叩く。


「新しい腕輪を用意しないとね」

「やっぱりつけないといけませんの?」

「君が逃げ出すとは思えないけど、今の君の状態じゃ、困ることがあるでしょ」

「困ること?」


 はて、と疑問符を浮かべたその時だった。


「うー、うー……」

「えっ?」


 僕の腕に抱かれたアシュレイが急にぐずり出した。

 いや、違う。

 顔が真っ青だ。

 明らかに様子がおかしい。


「も、もしかして……!!」


 気づいた僕は、慌ててコリックにアシュレイを押し付けると、少しばかり距離を取る。

 すると、先ほどまで顔面蒼白だったアシュレイの調子が少しずつ戻ってきた。


「私の魔力のせいですの……」

「そのとーり」


 腕輪をつけていない僕は、常に白の魔力を無意識に放出してしまっている。

 多少は耐性のついているであろうアシュレイでも、今のバカみたいに成長してしまった僕の白の魔力には、さすがに中てられてしまうということ。


「腕輪をつけていないと、今の君が黒の王に触れることは難しいかな~」


 ガーン、心の中で音が響く。

 まさか、あれだけ煩わしいと思っていた腕輪が無くなることで、こんな弊害があるとは……。

 アシュレイに触れられないのはとても困る。

 彼はすでに僕にとっては、無くてはならない癒しだ。

 というか、僕が世話をしないと、誰がこの幼気な幼子のお世話をするというのだ。


「メラン、早く新しい腕輪を寄こしてくださいまし!!」

「あー、残念だけど、すぐにって訳にはいかないんだな~。この腕輪ってば、作るのに結構手間がかかるんだよね」

「じゃ、じゃあ、アシュレイは……」

「私が世話をしよう」

「えっ……?」


 無表情でアシュレイを抱いたまま、そう宣ったのはコリックだった。


「お前が世話をできないとなれば、誰かがする必要がある」

「でも……」

「二者択一だ」


 メランとコリック。

 どちらの方が、世話を任せられるかと言えば……。


「頼みますわ。コリック」

「ああ、なんとかしてみせよう」

「パパ―!!」


 鉄仮面のまま、高い高いを始めるコリック。

 シュールな光景だが、アシュレイが喜んでいるようなので、とりあえずよしとしよう。


「はー、本当に大丈夫なのでしょうか……」


 どことなく不安な気持ちを持ちつつも、今はただただハラハラとすることしかできない僕だった。

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