278.お兄ちゃん、離乳食を食べさせる
「はい、アシュレイ、あーん」
「あー」
僕の膝の上に座るアシュレイの口に、スプーンで離乳食を運ぶ。
まるでツバメの雛のように、大きく口を開ける姿すら愛おしい。
すぐさまスプーンを空にしたアシュレイは、もぐもぐとしっかりと離乳食を咀嚼していた。
うんうん、乳離れも順調順調。
そろそろ、自分でスプーンを持って食事もできるようになるかもしれない。
「赤ん坊って本当にめんどくさそうだねぇ」
献身的にアシュレイの食事に手を掛けている僕に、頬付けをつきながらメランがうろんげな視線を向けて来る。
ミルク生活を終えたことで、朝食と夕食は、最初に食事を摂った無駄に広い食堂で摂ろうということになったのだが、こうしてメランと顔を合わせて食事をしなければならないのが、少し憂鬱なところだった。
「アシュレイは手のかからないほうですわよ。こーんなに賢いですし」
「かーこい?」
「そう。アシュレイは賢いですわ」
僕がそう言うと、にっこりと微笑み返してくるアシュレイ。
愛らしいだけじゃなく、最近は理性的な行動が増えてきたように思う。
こちらの言葉にはしっかりと反応を返してくれるし、語彙も増えてきた。
成長速度は言うまでもなく物凄いし、一般的な赤子に比べれば、かなり手のかからない方なのは間違いない。
「はー、子どもに合わせるとか、俺無理だわー」
「メランは、自分がまだ子どもですからね」
「そうそう……って、バカにしてるよね。聖女候補様」
不機嫌そうに顔を歪めたメランは、コリックの方へと視線を向ける。
「コリックもさー。この前お出かけした時は、随分楽しそうだったじゃないの」
「黒の王の成長にとって、必要な時間だったのは確かだ」
もぐもぐとステーキを咀嚼しながら、普段通り冷静に答えるコリック。
「"パパ"なんて呼ばれちゃってさー」
「ぶっ!!?」
アシュレイに白湯を飲ましながらも、思わず噴き出す。
「ちょ、なんで知ってますの!?」
メラン。お前いなかったじゃん!!
コリックが、自分の事をそうそう話すとも思えないし……。
「あー、俺達は視覚や聴覚を共有してるからねー」
「へっ……!?」
「コリックが見てるものは、俺も見えるし、聞いてるものは、俺も聞こえる」
「そんな……えっ!?」
何それ!?
プライベートとかまったくないじゃん。
思わず、コリックの方を見ると、彼もこくりと頷いた。
「私の方は、メランの視覚や聴覚を感じることはできないがな」
つまるところ、一方的にコリックのプライベートはメランに覗き見され放題ということ。
先日のおでかけの際に、彼が言った言葉が思い出される。
『私は"メランの手で、黒の使者に徴用された"に過ぎない』
同じ黒の使者でありながら、メランとコリックには明確に上下関係が存在する。
すなわちメランが上で、コリックが下。
だとすれば、ますますメランの存在が何なのか、僕にはわからなくなってくる。
「ん、ということは……」
ふと、僕は思う。
コリックが見たこと、聞いたことをメランも知っているとなれば……。
「あー、うん。白の国で君がコリックに迫られてドギマギしてたのも、ぜーんぶ見てたよー」
「はぁあ!?」
こいつ、マジか!!
「いやぁ、ほんと君って天然の男たらしだよねぇ。押し倒して、あんな姿見せたら、男なんてすぐ興奮して──」
「忘れなさい!! 忘れないのなら、いっそ!!」
「落ち着けセレーネ・ファンネル。メランもその辺りにしておけ」
「へいへーい」
反省した風でもないくせに、この話はこれでおしまいとばかりにステーキにかぶりつくメラン。
くぅ、こいつにあんな姿見られたとあらば、恥ずかしい上に、むかつくぅ……!!
怒りを鎮めるように、アシュレイを抱きしめる。
すると、なんということでしょう。
ささくれだった心が、あら不思議、あっという間にふわふわのお布団みたいに。
「ふふふ~♪」
「うわぁ、溺愛じゃん」
半ば呆れるまじりに言ってくるメランだが、アシュレイがいれば、こんな無遠慮・無作法・無頓着の三無野郎の声なんて気にならない。
「まあ、やる気を出してくれる分には、ありがたいけどねー。もぐもぐ……なんか、今日の飯美味くない、コリック?」
「セレーネが作っているからな」
「えっ?」
驚いた表情を浮かべるメランに、僕はドヤ顔を向ける。
「聖女候補様。料理もできたの?」
「碧の国では、公爵令嬢といえ、料理の一つくらいできるものですわ」
少しずつ余裕もできてきたので、今日はアシュレイの離乳食以外の自分たちの食事も作ってみたのだ。
というのも、リグ達の料理はあまり美味くない。
レシピ通りに作れるのは作れるのだが、臨機応変さがないというか、素材ごとの特性を活かせていないというか。
よく混ぜられていないのか、味付けなんかも、濃い部分と薄い部分があったりする。
せっかくよい食材を使っているのに、毎回60点くらいの料理が出て来るのにどうしても我慢できず、思わず手を出してしまったというわけだ。
「こんなの胃袋一発で掴めるじゃん。あざとー」
「あざとくありません!!」
女子力の高さをアピールしてるわけじゃないっての。
ただ、自分もそれなりに美味い飯を食べたかっただけだ。
それと純粋に学園に来てからというもの、とんと自炊の機会がなかったので、ちょっと料理してみたかった気持ちもあった。
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