277.お兄ちゃん、ママになる
一瞬、何かを語り掛けたコリックだったが、わずかに目を伏せ、言い留まった。
「いや、止めておこう。あいつの事を私の口から語るべきではない」
「では、一つだけ教えて下さいませ。あなたとメランは一体どういった関係なのです」
僕の勘違いかもしれないが、メランとコリックでは、"復讐"に対する熱が違うように感じる。
メランの憎しみは深く、復讐心も強いが、コリックの方はどこかフラットで淡々としているように思えるのだ。
「私とメランは黒の使者。かつての黒の王の名代とも言える存在だ。だがしかし、純粋にそう言えるのは、メランだけだろう」
「どういうことですの……?」
「私は"メランの手で、黒の使者に徴用された"に過ぎない」
「えっ……」
つまるところ、コリックはメランによって"黒"に染められた人物だということか?
シェール騎士爵や、あのイケメンコンプレックスの青年のように。
「私から伝えられるのはそれだけだ。それ以上が知りたければ、メランから直接聞くといい」
それだけ言うと、彼は再び視線を逸らした。
まだ、何か問うべきことがあるのではないか。
考えを巡らすように彼の方へと視線を向けていた僕に、ふいうちのように何かが寄り掛かってきた。
アシュレイだ。
「あらぁ、アシュレイ。ここまで、上手にあんよできましたねぇ」
抱きしめるようにして、彼を労ったその時だった。
「マッ……マ」
「…………え?」
今のって、まさか……。
「マッマ……ママ!!」
元気に、今度ははっきりと僕の事を"ママ"と呼んだアシュレイ。
いったいどこで覚えたのだろうか。
満面の笑みで、僕へと抱き着いてくるアシュレイを受け止める手が震える。
うわぁ、何この気持ち……。
愛おしいとはこういうことを言うのだろうか。
自分の事をママと呼んだこの天使の事が、愛らしくて愛らしくてたまらない。
「聞きました!! 聞きましたか!? 今!!」
「興奮するな。ちゃんと聞いた」
目を輝かせながら報告すると、コリックは若干引いたような様子を見せながらも、うんうんと軽く頷いた。
「順調に成長しているようだな」
「そんな感想はいいんです!! ああ、もう、何て言うんでしょうか……可愛いんです!! もう!!!」
「わかった。わかったから……」
僕の剣幕に押されてか、普段は見せないような顔をコリックが見せたその時だった。
ふと、抱きしめたアシュレイの顔がコリックの方を向いた。
そして、ジーっと彼の顔を見つめたアシュレイが、再び口を開く。
「パッパ……パパ!!」
「なっ!!!!!?」
さっき、ママと呼ばれた時以上の衝撃を受ける僕。
コリックの事を、"パパ"と呼んだ……だと。
いや、確かに、毎日朝と夕食前に顔を出す彼は、なんだか仕事に行っているお父さんのような雰囲気があることは確かだが……。
でも、なんか悔しい!! 悔しいし、あと、恥ずかしい!!
「ふむ、どうやら黒の王は、私の事を父親だと認識しているようだな」
「冷静に分析しないでくださいませ!!!!」
顎に手を当てる、いつもの熟考ポーズを見せた彼は、何を思ったのか、唐突にアシュレイを両手で持ち上げた。
「よし、高い高い」
いつもと変わらぬトーンでそう言いながら、アシュレイを持ち上げたり下ろしたりするコリック。
その度に、キャッキャッと喜びの声を上げるアシュレイ。
めっちゃ嬉しそうやん……。
あまりにもその姿が休日の父親っぽくて、ちょっと嫉妬してしまう僕。
いや、普段世話してるのは全部僕だし、アシュレイは一番僕に懐いているわけだし……。
なんとも言えない悔しさを感じた僕だが、アシュレイの表情を見て、すぐに仕方ないか、と思い直す。
父親役というのは、やはり子どもにとって必要なものなのだろう。
それに、あの表情を見ていたら、なんだか嫉妬している自分が馬鹿らしく思えてくる。
「あれ……」
楽しそうなアシュレイ。
でも、なんだか楽しそうなのはアシュレイだけではなかった。
「コリック。もしかして、笑ってます?」
「そんなことはない」
と、言いつつも、アシュレイを上げ下げしつつそう答えるその顔には、いつもの鉄仮面にわずかばかりの綻びを感じるような気がする。
どうやら、アシュレイは、この朴念仁にまで、癒しを与えてしまったようだ。
「そういうことにしておきますわね。"パパ"」
茶化すようにそう言うと、コリックは鼻で笑いつつも、どこかまんざらでもないような風だった。
そうして、いつしかアシュレイが遊び疲れて眠るまで、穏やかなお出かけの時間は過ぎていったのだった。
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