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276.お兄ちゃん、黒の使者に問う

「アシュレーイ。行きますわよー!」


 ポーンと小さな毬をアシュレイの方へと転がす僕。

 彼は、キャッキャッと満面の笑みでそれをキャッチする。

 うん。なかなかの運動神経だ。

 だが、ボールに気を取られて足元がお留守になってしまったのか。

 両手でボールを握りしめた瞬間、お尻から後ろにパタリと倒れた。

 とはいえ、安心して欲しい。

 一面に生えた若草が、バッチリと衝撃を受け止めてくれている。

 後ろに倒れる感覚や草の少しだけチクチクとした感触が楽しかったのか、その後はボールの事は忘れて、彼は何度も立っては倒れ、立っては倒れを繰り返し始めた。


「ふふっ、本当に楽しそうですわね」


 屋外の新鮮な空気の中、思うままに身体を動かす。

 彼もそうだが、僕自身、久々の外の環境に、なんだかリフレッシュされるような気分だ。

 そのまま、一人遊びを続けるアシュレイを眺める僕。

 あー、やばい。

 本当に可愛い。

 実家にいた時は、あまりに僕を溺愛する父に辟易とすることもあったが、今ならば、その気持ちが理解できる。

 目に入れても痛くない、とは、こういうことを言うのだろう。

 もうね。とにかくね。可愛いね。


「髪も伸びてきましたし、そろそろ散髪も必要ですわねぇ。うふふ、帰ったら準備をしないと」

「随分楽しそうだな」


 ひたすらに彼を眺め続けていると、いつの間にか、コリックが僕の隣へとやってきていた。

 

「私達が押し付けたに過ぎない仕事だったはずだが」

「過程はどうあれ、赤ん坊を育てることそのものには、抵抗ありませんもの」


 実際、今の生活は思いのほか楽しかったりする。

 赤子を育てることもそうだが、自分の事を自分でやる、というのが、現世では公爵令嬢である僕には結構新鮮なのだ。

 実家にいる時は常に使用人が何でも身の回りの事をやってくれていたし、学園に通い出してからも、常に傍にはアニエスがいた。

 自分で生活に関するあれこれをすることはこれまでほとんど無かったわけだが、やはり前世の感覚を持つ僕としては、身の周りの事は極力自分でやりたいわけで。

 子育てだけでなく、掃除に、洗濯に、炊事。今では城の中でのそれらは、ほぼ全て僕が中心だ。

 リグ達も手伝ってくれるので、大変ではあるが、忙しすぎて回らないというほどでもない。

 結果、充実感のある毎日を、僕は送ることができていた。


「お前は強いな」

「えっ……?」


 意外な言葉をかけられ、思わず声が漏れる僕。


「こんな敵地の奥深くで、あくまで自分を保ち、あまつさえ笑顔まで見せる。気丈と言っても良いだろう」

「そうですかね……」


 うーん、まあ、これまでもそれなりのピンチのようなことはあったからなぁ。

 実際に命の危険を常に感じさせられていた剣戦の時に比べれば、今の状況は敵地とはいえ、幾分マシというものだ。

 それに……認めるのは癪だが、コリックの存在も大きかった。

 敵ではあるが、なんだかんだ先生としても試験官としても長らく一緒にいることの多かった彼だ。

 そんな彼が毎日のように顔を出してくれることが、僕の中に安心感を確かに生み出してくれていた。

 なんか悔しいから、絶対に言わないけど。


「お前のそういうところが、王子達を惹きつけるのだろうな」

「ふふっ、なんですの。それは」


 一応は褒めてくれているらしいが、相変わらずの真面目な表情でそんなことを言い出すものだから、思わず少し噴き出してしまった。

 同時に"王子達"という言葉に、レオンハルト達の顔が頭に浮かび、僕は少しだけ空を見上げた。

 森の中、ぽっかりと開いた穴の向こうには、黒の領域とは思えないほどに、清々しい青空が広がっている。

 

「残してきた者達の事が心配か?」

「こちらが心配、というより、心配されているでしょうねぇ……」


 特に気になるのは、レオンハルトとアニエスだ。

 彼らは僕を護り抜くと、常日頃から出来る限りの事をしてくれていた。

 今回の事で、自分の事を必要以上に責めていないといいけれど。


「こちらが収集した情報では、どうやらお前の仲間達は、お前を救出するために動き出しているようだ」

「そうなんですの?」

「白の国の中での事なので、正確な事はわからんがな」


 僕の救出か。

 みんながそんな風に僕を助けようとしてくれているのを嬉しくも思うが、同時に、あまりみんなを危険に晒したくないという気持ちもある。


「ねえ、コリック」


 花畑に飛んできた蝶を追いかけるアシュレイを見つめながら、僕は問う。


「どうしても、戦わなければならないのですか?」


 平和の象徴のような光景を目にし、ますます僕はそう思う。

 黒の国が滅びることになった要因を、僕は詳しく知らない。

 史学の授業では、黒の国は大陸全土の支配を目論見、それを他の国の勇者たちに阻止されたということになっているが、それは他の国から見た一面的なものに過ぎないのかもしれない。

 僕から見て、少なくともコリックは、話の通じない相手ではない。

 だとすれば、やはり話し合いの道もあるのではないか、と僕は考えていた。


「必要な事だ。少なくとも、あいつにとっては」

「あいつとは、メランの事ですか?」

「そうだ。メランは……」

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