275.お兄ちゃん、お出かけする
「城の外に出たい、だと」
「ええ、そうですわ」
手に持った馬のぬいぐるみを振りながら、軽快に歩くアシュレイの姿を眺めつつ、僕はコリックに告げた。
外に出たい。
それが、つい先日から僕が常々考えていた願いだった。
「お前を外に出すわけにはいかんと言っただろう」
「逃げるつもりなど、毛頭ありませんわ」
逃げたら、黒の領域全体を覆う森の中で、魔物に喰われて即死んじゃうだろうし。
「アシュレイのための提案です」
「黒の王のため、だと?」
「ええ」
こちらまでよちよち歩きでやってきたアシュレイを抱き上げると、僕は彼の顔をコリックへと向ける。
「アシュレイももう随分歩けるようになってきましたし、そろそろ城の外に出かけてみても良いのではないかと」
「ふむ……」
熟考するように顎へと指を当てるコリック。
「確かに、一般的に赤子には、散歩というものが必要らしいな」
「そうです。そうです」
書物で学習したのか、メランとは違って、多少は子育てへの知識があるコリックも、その必要性を感じてくれたようだ。
「とはいえ、ここは黒の領域ですし、幼いアシュレイを連れて行ける場所なんてないでしょうか……」
「いや、魔物は同じ黒である王や私は襲わん。危険なのはお前だけだ」
あ、そうなんだ。
まあ、黒の王が自分の配下の魔物にやられました~なんて事にはならないようにできているのか。
数秒ほど何かを考えるように床を眺めていたコリックは、再び視線を上げる。
「わかった。いいだろう。お前の提案を受ける」
「本当ですか?」
「ああ、黒の王には、健全に育ってもらわねばならん」
メランと違って、コリックの方は、やはりそれなりにまともな感覚を持っているらしい。
よしよし、この調子で、彼もアシュレイ健全化計画の仲間に引きずり込んでやろう。
そんなわけで、外に出ることになったわけだが……。
「何で、目隠しですの……」
ガッチリと両目を覆う黒いの布。
分厚い布地越しでは、周囲の様子はまったく伺えず、抱っこ紐で結ばれたアシュレイの温かさだけが背中にジンジンと伝わってくる。
「これから行く場所は黒の領域の中でも特別な場所だ。お前に行き道を知らせるわけにはいかん」
「そうなのですね」
まあ、アシュレイに外出デビューさせるためだ。
それくらいの条件は飲むとしよう。
「では、行くぞ」
「って、わっ……!?」
目隠しをした僕に、謎の浮遊感が襲う。
あれ、これ、もしかして、僕お姫様抱っこされてる……?
「ちょ、ちょっと先せ……じゃなかった。コリック!」
「空間跳躍」
「えっ……!?」
ほんのわずかに肌の泡立つ感覚。
同時に、布越しの光がわずかに明るくなる。
どうやら、コリックの持つ特殊能力、"空間跳躍"を連続で使って、僕らは空を移動しているらしい。
なるほど、こんな使い方もできるのか。
いやはや、これは、仮にコリックと戦うことになった場合、めちゃくちゃ脅威だな……。
空間跳躍を使えば、一瞬で相手の背後を取れるのはもちろん、こんな風に三次元的な動きも容易にできてしまう。
メランの方も剣戦の時に見せた強さは、あのレオンハルトに引けを取らなかった。
黒の使者二人の実力は、やはり相応に高い。
「着いたぞ」
そんなことを考えているうちに、すぐにゴールはやってきた。
スタリと地面に降ろされ、目隠しを外される。
「うわぁ……」
目の前に広がった景色に、僕は思わず感嘆の声を漏らした。
そこはまるで、箱庭のような場所だった。
透き通った清廉な水を湛える小さな泉、その周囲を葦のような植物がぐるりと囲んでいる。
さらにその周りには、黄色い花が咲き乱れ、ふわふわとした若草が地面を覆っていた。
規模は小さいが、あの白の泉にもどこか似ている。
まるでペガサスかユニコーンでもいそうな雰囲気だ。
「黒の領域にも、こんな場所がありますのね……」
「ここだけだ。こんな場所はな」
そうとだけ答えると、コリックはゆっくりと抱っこ紐を解いた。
そして、意外にも柔らかな所作で、アシュレイを地面へと下ろす。
メランには拒否反応を示したアシュレイだったが、コリックの事は平気……いや、初めての環境にウキウキしているだけかもしれないが、とにかく笑顔だ。
柔らかな若草の上に下ろされると、彼はこそばゆい足裏の感覚を確かめるかのように2,3歩歩くと、ゴロリと草の上に転がった。
「きゃっきゃっ!!」
「あらあら、まあまあ」
なんとも嬉しそうなその笑顔を見ていると、僕も嬉しくなってしまう。
やはり、アシュレイを外に連れ出したのは正解だったようだ。
「ここには魔物達も足を踏み入れん。一応は私が見張っておくから、お前は黒の王だけ見ているといい」
その言葉や態度に、僕は一瞬マジマジとコリックの事を見てしまった。
「……どうした?」
「い、いえ……」
なんだろう。
拍子抜けしてしまうほどに協力的だし、その上、なんだか以前よりも優しい気がする。
これも、アシュレイの癒し効果のおかげなのだろうか。
黒の使者であるコリックも、赤子の前では、人としての優しさが湧き出してしまうものなのかもしれない。
「なんでもありませんわ」
そうだったら良いなぁ、という願望と共に、全力の笑顔でそう返す僕。
コリックは、少しだけ不思議そうな顔で、そんな僕の事を見つめていたのだった。
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