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270.お兄ちゃん、子育てを任される

「この赤ちゃんが……黒の王!?」


 思いがけず大きな声を出してしまい、慌てて口を紡ぐ。

 この赤ん坊が、新しい黒の王だって……。

 僕は改めて、腕に抱く小さな命を眺める。

 うん、いや、普通の赤ん坊にしか見えない。

 見た目の上では、完全に普通の人間だ。

 確かに、わずかに黒の魔力を感じる気もするが、それだけ。

 この天使のような寝顔の赤子が、黒の王だなんて、にわかには信じられない。

 というか、そもそも、黒の王って、黒の大樹から生まれるものなのか?


「そそ。俺達黒の民が実に200年以上待ち望んだ。新たな王ってわけ」

「そ、それが、事実だとして、何で私が……」

「私と一緒だ」


 答えたのはコリック。


「お前の魔力で、私は白への耐性を得た。新たな黒の王となるこの赤子にも、成長段階でお前と一緒にいさせることで、白への耐性をつけさせる」

「そうしたら、白の浄化の力にも屈することのない、最強の黒の王が誕生するってわーけ」


 理屈は理解できる……が。


「それなら、私本人でなく、魔力だけをあの腕輪のようなもので奪えばよいのでは……」

「より完璧な耐性をつけるためには、やっぱり本人と一緒にいるのが一番だからね。君が放つ白の魔力は、その腕輪で調整できるし」


 右腕につけられた腕輪。

 今は、この腕輪にほとんどの魔力を吸われてしまい、癒しの力を発動することはできないが、それでも多少の白の魔力は僕の身体から漏れ出ている。

 やっぱりびっくりするほど自分の白の魔力は成長しているのだな。

 この僕の魔力に慣れされることで、完璧な黒の王へと成長させる。

 おそらく、あのシーダの花を覚醒の刺激物として利用した段階で、すでに、この赤子は多少の白への耐性を身に付けているのだろう。

 だから、僕に抱かれても、こんなふうに穏やかに眠ることができている。


「完璧な黒の王を作り上げたとして、あなた達はどうするつもりですの?」

「決まってるだろー?」


 一瞬だけ、普段の不愉快な笑顔の中に、鋭い何かを滲ませたメランは、吐き捨てるように言った。


「白、いや、紅や碧も含めた、全ての国への復讐をする。ただ、それだけ」


 背筋がブルリと震えた。

 なんだ。この底知れない憎悪。

 ほんのわずかだが垣間見えたそれは、あまりにも冷たく、深く……。


「メラン」

「ごめんごめん。つい口がすべっちゃったよ。あっはっは!」


 コリックに名を呼ばれ、さっきの鋭さが嘘だったかのように、バカのように笑うメラン。

 そんな彼を少しだけ見つめていたコリックだったが、すぐにパチンと指を鳴らした。

 すると、黒くて丸々とした何かが、どこからかひょこひょことやってきた。

 背丈は人間の半分より小さく、手足も短い。

 顔には白い仮面のようなものをつけており、ジャックオランタンのように、どことなく怖くも見えれば、愛嬌があるようにも見える。


「赤子を育てる準備はできている。そいつについていくといい」

「わ、わかりましたわ……」


 未だわからないことだらけではあるが、黒の王とはいえ、生まれたばかりの赤子をそのままにしておくのは憚られる。

 とりあえず、今は言う通りにする他ないだろう。

 小さな小間使い型の魔物について、謁見の間を後にする僕。

 部屋に残った二人は何か話しているようだった。

 メランのにやついた顔の裏にある、漆黒の炎の如く暗い憎悪。

 彼はいったい、白や他の二つの国に、いかなる恨みを持っているのだろうか。

 そもそも彼はいったい、どんな存在なのだろうか。

 黒の国が滅んだのは、200年以上前。

 仮に、彼が直接的に何かをされたというのならば、彼はそれだけの期間を生き続けてきたということになってしまうわけだが……。


「少しずつ、こっちも情報を引き出していくしかないか。いや、それにしても……」


 まさか、子育てを任されることになってしまうとは。

 でも、赤ん坊を育てろ、となると、僕が解放されるのって、いったいいつになってしまうのやら。

 さすがにおばさんになるまで、ここで暮らしたくはないんだけどなぁ……。

 そんな暗澹たる気持ちを抱きながらも、僕は胸に抱いた赤子の愛らしい寝顔をただただ眺めていたのだった。

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