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027.お兄ちゃん、避暑に行く

 ミアちゃんが自立するための手助けをしてあげたい。

 それが、僕が魔法の習熟に一層打ち込む原動力になっていた。

 だが、確かに、最近は熱が籠りすぎていたかもしれない。

 人の手助けをするつもりで、自分が身体を壊していては、本末転倒というものだ。


「セレーネ様、今日は修練はお休みして、これから避暑に行きませんか?」

「避暑、ですか?」

「良いですね」


 アニエスの言葉に、フィンが微笑む。


「魔法の訓練も行き詰っていらっしゃるのでしょう?」

「あ、はい、そうですね……」

「時には、場所を変えて、ゆっくり休むことで、新たなアイデアが浮かぶこともあるかと」


 確かにアニエスの言う通りかもしれない。

 ただ、ひたすら訓練に打ち込んでも、今のところ成果はあまり上がっていない。

 気分転換をすることで、新しい訓練方法なんかも思いつくかもしれないし。

 なにより、アニエスやフィンに、これ以上心配をかけることは憚られた。


「わかりましたわ」


 その言葉を聞くや否や、アニエスとフィンは早々に準備を整え、僕は屋敷を発つことになった。

 向かうのは、公爵家からほど近い場所にある海辺だ。

 ファンネル領は、東側が海に面しており、避暑地として適している場所も多い。

 砂浜へとやってきた僕は、思わず感嘆の声を上げた。


「綺麗ですわね……」


 前世の記憶がよみがえってから、ここにやってくるのは初めてだった。

 当時は、幼さゆえに、あまり周囲の景色に意識がいっていなかったのかもしれないが、改めて見ると、やはりこのファンタジー世界の自然というのは、とてつもなく美しい。


「お嬢様、今日は存分に身体を休めましょう」


 そう言うアニエスは、手に水着を持っていた。

 水着といっても、ワンピースタイプで、露出の少ない女児用のものだ。


「えーと……」

「さあ、お着換えしましょう!」


 というわけで、無理やり着替えさせられた僕。

 うん、まさか、この世界で海水浴することになるとは思わなかった。

 そもそも、海洋国家でもある碧の国では、貴族であろうと、普通に肌もさらすし、泳ぎもする。

 さすがに女性向けの水着にはやや抵抗があったが、着替えて、砂浜に立てられたパラソルの下に寝転がると、もうこれ以外考えられないくらいの心地よさだった。


「これは……」


 最高すぎる。


「お姉様」


 とやってきたのはフィンだ。

 彼はなぜか、女性ものの水着を着ていた。

 僕と同じワンピースタイプのもので、ひらひらとしたスカートがついている。

 うん、最近は休みの日は、1日中女装をしていることもあるフィンだけども、水着もそうですか。

 いや、色々隠すのうまいね。


「水着、よくお似合いです」

「フィンもよく似合ってましてよ」


 実際、これは同世代の男の子がいたら、視線釘付けだろうなぁ。男だけど。


「お嬢様も、フィン様も、よくお似合いです」

「あら、アニエスは水着に着替えないんですの?」

「私は、護衛兼侍女ですので……」


 そう言いながら、メイド服の裾をギュッと伸ばす。

 まあ、袖もないし、ミニスカだし、暑苦しそうという格好ではないのだが、やはりせっかく海に着たのだし、水着を着るべきだ。

 っていうか、見たい。

 ジーっと、物欲しそうな視線を送っていると、アニエスはなんだか、諦めたように、はぁ、と息を吐き出した。


「……そう言い出すのではないかと思いまして」

「さすが、アニエス。心得てますわね」


 そう言って、そのまま、するするとその場でメイド服を脱ぎ散らかしていくアニエス。えっろ。

 うーん、わかってはいたけど、まだまだ、"ザ・子ども"な僕ら姉弟と違って、メリハリのきいたなんとも破壊力のあるスタイルだ。乳でっか。

 セパレートタイプの水着で、腰には短めのパレオが巻かれているのだが、なんともセクシー。

 前世なら、グラビアの仕事待ったなし。


「アニエス、よくお似合いですわ」


 鼻血出そうなほどにね。


「さあ、せっかくですし、バカンスと行きましょう!」


 それから、僕らはひとしきりビーチでのひと時を満喫した。

 浜辺で日向ぼっこをしたり、ちょっと泳いでみたり、フィンも楽しそうだ。

 アニエスは、コックから夕飯のおかずの調達を頼まれているらしく、僕らが遊んでいる間に、なんと素潜りで魚を摂ってきた。


「凄いですわね……」


 1メートル近くある巨大な鮪のような魚がぴちぴちとアニエスの腕の中で跳ねている。


「フィン様、お願いできますか?」

「はい」


 そんな魚に向かって、フィンが魔法を使う。

 フィンは碧魔法の系統の中でも、特に有用とされる氷魔法を使うことができる。

 一瞬後、魚はカチコチに固まっていた。


「これで、新鮮なまま屋敷まで輸送できます」

「さすがフィン!」

「父様に、氷魔法は有用だから、鍛えておけと言われていますので」


 なるほど、父の指示で重点的に練習していたわけか。

 今の世の中は比較的平和であり、特に碧の国では、戦闘向きの魔法よりも、生活魔法が重宝される傾向にある。

 とりわけ貿易で役に立つ氷系魔法の習得は最優先というわけか。

 まあ、実際は、フィンは作業そのものではなく、人を動かす立場の人間になるわけだが、当人ができるに越したことはない。


「なんだか、フィンに置いて行かれた気分ですわ」

「そんな。剣術では、むしろ姉様の方が凄く上手で……」


 確かにそうなんだけど、僕、聖女だしなぁ。

 本当は、魔法の腕の方をもっと伸ばしたいところなんだけど。


「さあさ、せっかくお休みに来たのです。修練のことは今は忘れて」

「そうですわね」


 ここで、悩んでしまっては、せっかくの休養がもったいない。

 陽も少しずつ落ちて来たし、残りわずかな時間をゆっくりさせてもらうこととしよう。

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