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269.お兄ちゃん、赤子を取り上げる

「また、私から奪った魔力を使うつもりですか……?」

「いやいや、これから使うのは君自身じゃないよ。君が育てた"アレ"さ」


 メランの言葉を受けて、どこからかコリックが取り出したのは、僕が育てていたシーダの花だった。

 黒の領域にあっても、清廉な白の魔力を放ち、凛とした佇まいを見せる美しい花弁。

 見ているだけで癒されるようなそんな花をコリックは何のためらいもなく、ブチリと茎から千切り取った。


「なっ!?」


 一生懸命育てた聖花を目の前で無造作に痛めつけられた。

 唖然とする僕の前で、彼は千切り取った花を持ったまま、玉座の後ろへと歩を進めた。

 そこにあるのは、禍々しい雰囲気を持つ、あの巨大なつぼみだ。


「刮目しろ。我々"黒"の新たな時代のはじまりだ」


 その言葉と共に、コリックはつぼみの上で聖花を握りしめた。

 再び拳を開くと、ちりぢりになった花弁が、桜吹雪のようにつぼみへと降り注いだ。

 僕の魔力を受け、美しく成長したシーダの苗。

 いつしか膨大な白の魔力を含んだその花弁が降りかかると、つぼみが根元から大きく揺らいだ。

 まるで苦しむかのように、もぞもぞとその身を揺らし続けるつぼみ。

 それは、まるで意思のある生き物のようにすら見えた。

 昔見た昭和の花のおもちゃのように、ぶんぶんと身体を揺らし続けたつぼみは、しばらくするとようやくその気持ちの悪い動きを止めた。


「ど、どうなりましたの……」


 先ほどのまでの暴れようが嘘のように静かになったつぼみ。

 何も起きない時間がただただ過ぎるが、メランとコリックは、真剣な表情でそのつぼみを見つめている。

 二人の様子に、僕も何か言う事もできずに立ち尽くしていると、1分ほどして、ピシリという亀裂が入ったような音が耳朶を打った。

 その音が聞こえたと思った次の瞬間には、つぼみの先に切れ込みが入り、ほんの少しずつ、ゆっくりと開いてく。


「こ、これは……」

「君の育てたシーダの花が呼び水になった」

「呼び水?」

「同じ植物でありつつも、正反対の性質を持つシーダの花。その聖気に触れた事で、今、この黒の大樹のつぼみは開こうとしているのさ」


 僕の育てたシーダの花が、このつぼみに刺激を与える役割を果たした、というわけか。


「さあ、君もよく見ておきなよ」


 メランがそう言う間にも、つぼみは開き、その中から紫焔の如き光を放った。

 思わず目をつむる僕。

 そして、ようやく光が止まった頃、僕はゆっくりと目を開いた。


「えっ……」


 つぼみが開いた場所。

 そこには花は無かった。

 だが、その代わりにあったのは……。


「赤ちゃん……?」

「おぎゃあああああああああ!!!」


 気づくと同時に、元気な産声が、謁見の間に響き渡ったのだった。




 二人がぼさっとしているので、反射的に赤ん坊を腕に抱き、よしよしと宥める僕。

 身体は明らかに生まれたばかりだが、灰褐色の髪の毛はほぼほぼ生え揃っている。

 下半身は……うん、男の子だな。

 もちろん首もまだすわっていないので、大事に大事に両手に乗せるようにして抱きしめる。

 うわぁ、ほんとちっちゃいなぁ。

 手も足も小さくて、なんて可愛らしい……じゃなくて!!


「これはどういうわけですの!!」


 語気荒く二人に問うと、赤ん坊がますます大きく泣き出した。


「あっ、ごめん!! よし、よーし」


 適度に振動を与えつつ、胸に引き寄せるようにしていると、やがて泣きつかれたのか、赤ん坊はゆっくりと寝息を立てだした。

 呼吸の方も問題なくできているようだ。


「ふぅ……」


 心の中で、額の汗を拭う。

 改めて、目線で問いかけるように二人の方を向くと、彼らはなぜか満足げにこちらを眺めていた。


「ふむ、どうやら、思惑通りといったところのようだな」

「うんうん。聖女候補様に、抱きしめられても、あんなにすやすや寝てるもんね」

「二人だけで納得しないで下さいまし」


 聖花を散らされて、黒の大樹のつぼみが開いたと思ったら、いきなりの赤ん坊だ。

 僕はもう、とっくについていけてない。


「とりあえず、その赤ん坊が、君をこの場所までつれてきた理由だよ」

「この赤ん坊が、なんだと……」

「君には、その赤ん坊を育ててもらう」


 メランは少しだけためるようにして息を吸い込むと、言った。


「その、新たな時代の……"黒の王"をね」

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