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266.お兄ちゃん、目覚める

 ちゅんちゅん……。


 鳥のさえずりが聞こえる。

 あー、もう朝か……。

 なんだか、長い夢を見ていたような気がする。

 みんなと離れ離れになってしまうような、そんな夢。

 黒の使者に連れ去られて、一人どことも知れぬ場所に連れ去られてしまう、そんな夢。


「って、本当に夢だったら良かったんだけどなぁ……」


 見知らぬベッドの上、窓から見える、鬱蒼とした森の中の光景を目にした僕は、力なく笑うのだった。




「おっはよー! 聖女候補様!! よく眠れたかな?」

「朝から喧しいですわね……」


 ノックもせずに部屋に入ってきたのは、黒の使者の一人であるメラン。

 彼は、相も変わらずに軽薄そうな笑顔を張り付けたまま、起き抜けにはいささか耳障りな音量で話しかけて来る。

 本当に配慮のできない人だ。

 こっちは、いきなり拉致られて困惑しているというのに……。

 とはいえ、どこか牢屋のようなところに繋がれて、くっころプレイでもさせられるのかと思っていたので、今の環境は正直拍子抜けするほどまともだった。

 今僕が寝ているベッドは、寮で使っていたものとほとんど変わらないほどにふかふかだし、部屋も広い。

 調度品の数々も、王室の客間だと言われても信じてしまえるほどに整えられており、何も知らない人が見れば、きっと僕はVIPのお姫様に見えてしまうことだろう。

 着替えとして用意されたネグリジェも、悔しいけど、めっちゃ可愛いしな。

 それくらい、今の僕がいる環境というのは、"拉致"という言葉とは程遠いほど恵まれていた。


「なんだよー。昨晩はビクビクしてたくせにー!!」

「一晩寝たら、なんだか色々とどうでも良くなってしまっただけですわ」


 それに、こいつの前で怖がったり、慌てている姿を見せるの何か嫌なんだよ。


「起きたか」

「あっ……」


 同じくやってきたのは、コリック先生。

 いや、もう先生という呼び方は相応しくないだろう。

 黒の使者コリック。

 その名がふさわしく思えるほどに、彼の姿は白の国にいた頃とは大きく様変わりしていた。

 特徴的だったやけに鋭角な眼鏡が取り払われ、漆黒の執事服のようなものを身に纏っている。

 さらには、髪の色までが、ブリーチしたかのような真っ白に変わっており、随分とこれまでとは印象が違っていた。

 唯一変わらないのは、その不愛想な鉄仮面だろうか。


「食事にする。ついて来い」


 そっけない言葉。

 どうやら、性格の方は演技などではなく、素だったらしい。

 彼について、部屋から出る僕。

 広がるのは、紅の国の王城にように、どこか無骨さのあるだだっ広い通路。

 どうやら、僕が今いるここは、かなり巨大なお城の中であるらしい。


「随分広いのですね」

「元々ここは、黒の国の王城だからね~」


 ふむ、予想はしていたが、やっぱりここは、いわゆる"黒の領域"の中らしい。

 200年以上の間、人類がたどり着けなかった秘境に、まさか一人連れて来られることになってしまうとは。

 そうなってくると、やはり自力での脱出は困難と言える。

 うーむ、あの女神には自分でなんとかって言ったものの、こりゃ思ったよりもかなり厳しい状況なのでは……。

 と、そんなことを考えながら歩いていると、コツリと何かが靴に当たった。

 よくよく見ると、それはなんだか木の枝のような、あるいは根のような何かだった。

 そんな植物の一部のような何かが、まるで血管のように、至る所にびっしりとはびこっている。


「足元には気をつけた方がいいよ~。このお城は、"黒の大樹"と同化してるからさ」

「へっ……!?」


 メランがふと指差した吹き抜けになった窓枠から外を眺める。

 古めかしいお城の外観を覆うように、植物の根がびっしりとはびこっている。

 見上げれば、真っ黒な葉を茂らせる大樹の頂が、遥か天の彼方に見て取れた。


「じゃあ、ここは……」

「そうだよ。ここは黒の大樹の根元。この黒の領域の中心とも言える場所さ」


 まるで、僕を意図してビビらせるかのように、彼は軽薄そうな笑顔を浮かべたまま、そう宣ったのだった。

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