264.お兄ちゃん、奪われる
「ドラゴン……だと……!?」
レオンハルトが思わず声を漏らす。
彼をして、驚愕だと感じさせるような存在。
ドラゴンとは、この世界において、それだけ珍しい魔物だった。
僕自身、魔物を見たことはあったが、それはせいぜい幼少期に出会ったあのカラスのようなやつやレオンハルトが拳一つで倒してしまった狼のようなやつだけだ。
今、僕らの頭上を飛行しているドラゴンは、そんな矮小な魔物達とは比較にならないほどに、悠然とした存在感を放っている。
戦ってみなくてもわかる。
あのドラゴンの持つ戦闘力は、僕達にはどうにもできない、と。
「来たか。1分15秒遅れだ」
普段となんらかわらない所作で、胸元から懐中時計を取り出したコリック先生がそう言う。
示し合わせていた。
このドラゴンは、彼の意思でここに現れたということ。
「お嬢様、助けに来たぜ!! ……って、んだよっ!? あの化物は……!?」
レオンハルトとアニエスに遅れつつも、ようやくここへと辿り着いたらしいアミールが、頭上のドラゴンを見上げて、素っ頓狂な声を上げた。
同じく、エリアスやフィンもそのあり得ない光景に、絶句とした表情を浮かべている。
その場の誰もが、ドラゴンのあまりの威容に、声も出せぬまま立ち尽くしていた。
ただ一人、レオンハルトを除いて。
彼は、コリック先生へと向き直ると、すぐさま駆け出した。
「パフォーマンスに気を取られている暇はない!! あのドラゴンはここまで降りては来れんのだろう!!」
レオンハルトの言葉に、ハッとする。
そうだ。コリック先生のように何かしらの裏技で白の国で活動できているのではない限り、黒の存在は白の国には入れない。
その証拠に、あのドラゴンは空中にずっと留まったままだ。
おそらく、白の魔力の濃い、この大地には降りてくることができないのだ。
「冷静な判断だ。だが……」
「何っ!?」
レオンハルトの聖剣が空振り、深々と地面に突き刺さる。
正確無比な彼の一撃を躱したコリック先生の姿は、どこにも無かった。
消えた……?
一体どこへ?
そう考えたのも束の間、次の瞬間、僕のすぐ横で鈍い音が響いた。
同時に、バタリとルカード様の身体が、膝から力が抜けたように倒れ込む。
そして、僕はシーダの苗と共に、コリック先生にギュッと抱き寄せられていた。
「先せ……」
「空間跳躍。これが私の能力だ」
ドラゴンに続いて、またしても、チートな!!
きっとこのタイミングを狙って、自分の能力を温存していたのだ。
いや、それにしても、ルカード様は大丈夫か……?
「貴様!! セレーネから手を──」
レオンハルトの声を最後まで聞き取ることはできなかった。
なぜなら、瞬きもできない一瞬のうちに、僕の目の前には遥かな白の国の景色が広がっていたからだ。
360度のパノラマ。
聞こえるのは風の音ばかり。
先ほどの鬱蒼とした森の中の様子とは明らかに異なるその情景に、目がくるくると回る。
そして、僕は気づいた。
今、僕は、あのドラゴンの背に乗っているのだと……。
「久しぶりだね。聖女候補様」
「なっ……」
ドラゴンの背の上、にやけ面でこちらへと声をかけてきたのは、あのメランだった。
半年前と些かも変わらないその軽薄そうな笑顔を見るだけで、嫌悪感が沸々と湧いてくる。
「なんだよ、その顔ー。久しぶりの再会だってのにさー」
「よくもそんなことが……」
「メラン、遅いぞ」
と、僕を拘束したままコリック先生が、メランへと不機嫌そうな声で話しかけた。
「ごめんごめん。ちょっと色々と手間取っちゃってさー」
「すぐにここを発つ」
「何だよー。久しぶりなんだから、少しくらい挨拶させてよー!!」
にへらとどこか邪悪さを含んだ笑顔を浮かべたメランは、遥か見下ろす先にいるレオンハルト達へと手を振った。
「やっほー!! 久しぶり、紅の王子様ー!! 聖女候補様は貰っていくからー!!」
「貴様ぁ!!」
レオンハルトとアニエスが圧倒的な跳躍力でこちらに向けて飛び上がった。
しかし、こちらは遥か空の上だ。
人間離れした脚力の二人とはいえ、さすがにここまで上がって来ることはできない。
それでも、空中で態勢を整えた二人は、最後の足掻きとばかりの行動に出た。
アニエスが構えた剣の腹に、レオンハルトが足を掛ける。
そして、アニエスが全力で剣を振り抜いた。
弾丸のように勢いで、再び空中で加速するレオンハルト。
これなら、あるいは……。
「黒竜よっ!! 灼け!!」
「グァアアアアアアアッツ!!」
メランの一声を受け、それまでただ空中を羽ばたいているだけだったドラゴンが、漆黒の炎を吐いた。
そして、その火焔が、レオンハルトの身を灼き、撃ち落とす。
「くぅっ!!?」
「レオンハルト様ぁっ!!!!」
プスプスと煙を上げたまま、地上へと落下していくレオンハルト。
その無情な光景を眺めながら、僕はドラゴンの背の上でペタリとへたり込んだ。
徐々にドラゴンの高度が上がっていく。
地上では、フィンたちが何かを叫び続けているが、もはやその声も聞き取ることができない。
完全に地上と分かたれ始めた空の上で、僕はただただ、遥か遠くなっていくその姿を眺めることしかできなかった。
「そう落ち込むことはない。セレーネ・ファンネル」
呆然とする僕の腕に、コリック先生が何かを嵌めた。
それは、あの魔力を吸収する腕輪だ。
白の魔力の発動さえ封じられた僕の前で、彼は取り去った眼鏡を無造作に宙へと放り投げた。
「悪いようにはしない。お前は、私達の"救世主"になるべき存在だからな」
その言葉が耳朶を打ったのを最後に、僕の意識はいつしか暗い闇の淵へと落ちて行った。
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