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263.お兄ちゃん、先生の正体を知る

 黒の使者……。

 かつて、そう名乗った人物がいた。

 剣戦で紅の国を訪れた時に出会った、あの気持ちの悪い青年メラン。

 彼はアニエスの父親である騎士爵らに黒の力を与え、手駒にした挙句、僕を誘拐した。

 その目的は未だにはっきりとはわかっていない。

 そして、コリック先生は、そのメランと同じ立場の者だということ。

 その証拠に、彼の身体からは、黒の魔力が瘴気となって噴き上がっていた。


「そんな……。あり……えない……!?」


 黒の魔力を持つ者は、この白の国に入ることができない。

 なぜなら、聖女様の持つ"白の根源(ホワイト・オリジン)"とも呼ばれる強力な白の魔力が、邪なる存在を拒絶するからだ。

 大陸の中でも、最も白の魔力が濃いこの土地では、邪教徒は活動できないはずだった。


「驚いているな。なぜ、黒の存在が白の国に、いや、あまつさえ、その中でも最も白の魔力に溢れた、この場所に立ち入ることができたのか。全てはお前のおかげだ。セレーネ・ファンネル」

「私の……?」

「これに見覚えがあるだろう」


 彼が懐中時計を入れていた胸元から、ほんの小さなペンダントのようなものを取り出した。

 ギュッと握れば、僕の手でも覆ってしまえそうなほどの小作りなペンダント。

 その中央に嵌っている宝玉に、僕は見覚えがあった。


「それは、あの時の……!!」


 そう。それは、あのメランに着けられた腕輪に嵌っていたものに間違いない。

 散々僕を苦しめた魔力を吸収する腕輪。

 その腕輪に嵌っていたはずの宝玉からは、今も尚、あの時僕から奪い取った白の魔力が薄っすらと光を放っていた。


「お前の魔力のおかげで、私の身体は、"白"への耐性を得た」

「それはどういう……」

「説明はここまでだ」


 コリック先生が、グッと地面を踏み込む。

 同時に、紅の魔力を使った時のような圧倒的な速度で、僕らに向かって跳躍した。

 身を守らなければ、と思ったその刹那、翠色の光の壁のようなものが、コリック先生の突進を阻んだ。

 

「さすがだな。ルカード君」

「"護る"ことが私の生業なので」


 普段から白の教会の僧兵達とも訓練をしているルカード様。

 "防御"の一点に関しては、おそらくこの国でも随一だろう。


「だが、そちらは守れても、こちらはどうかな」

「なっ!?」


 今度は後方へ跳躍したコリック先生。

 彼は、状況を見守って、あたふたとしていたルーナの元へと着地すると、彼女の首筋に黒く光る魔力の爪を突き立てた。


「ルーナちゃん!!」

「せ、先生……」

「この状況だ。お前の命も使わせてもらう」


 くそっ、ルーナを人質に取られてしまった。

 もう、迷っている暇はない。


「えいっ!!」


 僕はエリアスに渡されていた小袋を地面へと叩きつけた。

 これはいわゆる匂い袋というやつだ。

 叩きつけることで、黄色い粉がモクモクと立ち昇り、周囲に柑橘系の強い香りが広がった。

 人間には無理だが、シャムシールの鼻ならば、この匂いを頼りに、ここまで辿り着くことができるはずだ。


「助けを呼んだか」

「先生、もうお止めになって下さい!!」


 僕は拳を握りながらも、必死に叫ぶ。


「直にエリアス達が参ります。先生がいくら強いとしても、私達全員を相手にすることはできませんわ!」

「確かにそうかもしれんな」

「だったら、すぐにルーナちゃんを離して下さいまし!! 罪が重くなれば、私達だって、かばい切れなくなります……」

「セレーネ様……」


 ルカード様が、僕の言葉を聞いて、歯がゆそうに目を細めた。

 おそらく、ルカード様はわかっているのだろう。

 仮に先生が投降し、捕まった場合、いかなる擁護も通用はしないということを。

 教会の第一義は大陸の安寧を守ること。

 すなわち聖女様をあらゆる危険から護るということに他ならない。

 邪教徒であれば、どんな理由があろうと、断罪される。

 それは動かしようのない事実だ。


「ふん、いかにも"白"が言いそうな戯言だな。そうやって言葉巧みに"黒"を絆し、そして、滅ぼした」


 吐き捨てるように言ったコリック先生。

 その変わりない鉄面皮には、わずかばかりの嫌悪が浮かんでいるようだった。


「セレーネ!!」


 その時だった。

 僕の名を呼ぶ声が森に響いたと思ったその瞬間、木々をかき分けるようにして3つの影が飛び込んできた。

 1つはシャムシール。

 そして、その後ろに続くようにして、レオンハルトとアニエスも登場する。

 おそらく、素早いシャムシールにも追従できる健脚の2人が先行してくれたのだろう。


「この状況は……」

「なるほど。貴様も黒の使途だったというわけか」


 黒の存在との直接的な戦闘経験のある2人は、すぐにコリック先生が同種の存在であると見抜いた。

 その上で、ルーナを人質に取られたこの状況に、二の足を踏む。

 いくら二人が強くとも、ルーナに命の危険がある以上、下手に動くことはできない。

 だが……。


「ルーナ!! 訓練だ!!」


 鋭い声が、レオンハルトから発せられる。

 次の瞬間、ハッとした表情を浮かべたルーナの身体から、紅の魔力が発せられた。

 同時に、剣を持ったようなポーズのまま、コリック先生の身体を弾くように押し退ける。

 これは見たことがある。

 "力"の試験の時に、暁の騎士としてのレオンハルトが、ルーナとの訓練で身に付けさせていた技術。

 敵に組み付かれた時に、ゼロ距離からの攻撃で相手との間合いを取るための動きだ。

 不意を突かれた形になったコリック先生は、弾かれた胸元を抑えつつ、その場に蹲った。


「今だ!!」


 コリック先生を取り押さえようと、レオンハルトとアニエスが駆ける。

 一瞬見せた隙。

 その刹那は、圧倒的な身体能力を持つ二人にとっては、十分過ぎる時間だ。

 このまま、コリック先生は取り押さえられるだろうと思った、その一瞬後の事だった。

 空気が、突然重みを増した。


「何だ……?」


 二人の足が止まると同時に、頭上を見上げる。

 釣られるようにして、僕も視線を上げたその先には……。


「嘘でしょ……」


 ぽっかりと空いた木々の隙間。

 澄んだ青空をバックにそこに浮かんでいたのは、漆黒の翼で悠然と羽ばたく、巨大なドラゴンの姿だった。

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